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およそ『姫君』というものは。
「解ってたはずなんだけどねぇ・・・・。」
嫋やかに見えて、その芯はしっかりとした主張を持ち。
「『言い出したら肯かない』もんだってのは重々承知、と言いたい所なんだがなァ。」
その形の良い唇をつん、と尖らせて。
「今回は、『場合』が『場合』ですから・・・・・・姫・・・・・・。」
その眉と目の光は、『怒っている』。
「絶っっ対に!!私も行きます!!!」
―――――――――――――― * ―――――――――――――
これからどうするのか、と天照に問われて。
「オレの旅を終わらせますー。」
それは、逃げ続ける故郷に自ら『帰る』という事。
己が封印した己が主と直接対決するという事。
その危険性。
下手をしたら、ファイの命すら危うい。
「次元移動、お願いしてもいいかなあ?」
「元よりそのつもりだ。セレスの王には、こちらにも、いささか申したき事がある。」
それは、自分も行く、と。
思わぬ成り行きに、ファイは慌てた。
「いや、行くのはオレ一人でいいんだよ?!」
「聞こえぬな。」
「・・・黒様!!何とか言ってよ!!」
困った顔でファイは叫んだ。
このままでは、君の想い人を危険な目に遭わせてしまうよ、と。
「俺も行く。」
その言葉に、白き魔術師は驚きを通り越して呆れを含んだ表情を浮かべた。
「・・・・なんで黒様まで・・・・・?」
これから予想されるのは、苛酷なまでの『魔法戦』。
如何に銀竜が『龍玉』の力をも持つとはいえ、魔法を遣えない黒鋼には不利な事この上ない。
「てめぇら二人だけで行かせたら、帰ってこねぇかも知れねぇからな。」
「・・・・えーと・・・・・もしかして、オレら『駆け落ち』でもすると・・・・・・?」
「違うわ!!こンのボケ猫!!」
一瞬でキレた。
「てめぇらを回収して帰らなきゃならねぇんだよ!!このバカ猫が!!」
「ひどっ!!」
『ボケ猫』だの『バカ猫』だのといった扱いに怒って見せたが。
しかし、気遣いにふっと顔を伏せる。
どれほどのダメージを受けるかわからないのだ。確かに『誰か』に連れて帰って貰わなければならないかもしれない。
モコナは黒鋼の頭の上で、『モコナも行くのー♪』と飛び跳ねている。
(『連れて帰って』・・・・・・?)
誰を?
何処に?
「・・・・・・・・・・・・・。」
ファイの顔がクシャ、と歪んだ。
てめぇ『ら』、と言うからには、複数形。
リアンだけではない。自分も入っている。
そして、『連れて』『帰る』のだから――――――その先は、此処『日本国』。
「・・・・オレ・・・・・・・。」
「てめぇはこれから長い長い時間を生き続ける―――――――そうだったな。」
それは魔術師の宿命のようなもの。
倦むほどに長い『時』を生きていかなくてはならない。
これまでも。
そして、これからも。
「その長い時間の、ほんの僅かなひと時を、此処で過ごしてもいいんじゃねぇのか?」
もちろん玖楼国でも構わないが、と言い添えて。
紅玉の瞳が、此処まで優しい色を見せたのを自分は初めて見たような気がする。
「少なくとも、日本国と玖楼国には、てめぇと共に旅をした『仲間』がいるんだからな。」
「・・・・・・『仲間』・・・・・・・・。」
どうしよう。
こんなにも『心』が揺らぐ。
旅に『決着』をつけたら。
もし、『生きて』いたら。
そのままセレスに残るつもりだったのだ――――――――。
今はもう、生きとし生けるもの全てが絶え果てた、故郷で。
たった一人で。
それなのに。
『仲間』。
かつて、川縁でリアンに言われたことがあった。
お前は、『仲間』だから――――――――。
(オレに、その資格なんてものがある?)
かなりの部分で誰よりも『知って』いながら、何も言わなかった自分に。
黒鋼の父を食い殺し、故郷を滅ぼした『魔物』を送り込んだ張本人である自分に。
見渡せば。
皆の目の優しい光が、痛い。
(オレに、そんな目を向けないで。)
叫びだしたい衝動をどうにか押さえ込む。
「―――――『泣かない強さ』。」
柔らかな微笑みと共に、流れる『言葉』は。
「『泣かずに済む強さ』。『泣かずに前だけを見つめて進む強さ』。そして・・・『泣きたい時に泣ける強さ』。」
ああ、この人は。何もかも知っていて。
その柔らかな金髪は、優しい腕に抱きしめられた。暖かさがふわりと満ちていく。
「それを知っている者は『強い』。・・・大丈夫。」
それは、まるで『母』のような。
「貴方には、『仲間』がいるから。」
「・・・・・オレ・・・・・・『此処』に居ていいのかな・・・・・・?」
その呟きを言葉にしたときに。
『何か』を感じて。
それが何であるかに気付いた時。
『時』が止まったかのように、呆然として呟いた。
「え・・・・・?」
誰よりも、本人が驚いた。
見開いた目に、溢れ出したものは。
「これって・・・・・涙・・・・?」
滂沱と流れる美しい煌きは、木漏れ日に輝いて。
「オレ・・・泣いてる―――――――?」
応えはないが、ただ微笑みがそれを肯定する。
「・・・・・・・・オレ・・・・。」
それは、失くした物を見つけたような。
「・・・オレ・・・『泣ける』んだ・・・・。」
呆然として、己の涙に手を遣る。その姿は、無垢な幼子のようで。
あれは――――旅の始めの頃に、聞いた言葉。
自分は『泣きたくなければ強くなるしかない』と言った。
魔術師は、それに対してこう言った。
「『泣きたい時に泣ける強さ』もあると思うよ・・・。」
それもありだ、と今なら思える。
かつて、『泣きたいのに泣けなかった』事のある自分には、それがわかる。
『泣く事を忘れていた』魔術師は、ペタン、と座り込んで。
むせび泣くのではなく、ただ、涙だけが流れていく。
それは―――――冷たい頬を、暖かいものに変えて。
「本当に苦しみ、哀しむのは、ファイ、お前の方だ・・・・・。」
それは、『置いていく哀しみ』と、『置いていかれる苦しみ』。
本来なら、同じ感情を共有するはずのこの人もまた。
残り僅かとなった命を、魔術師としてのチカラによって永らえているに過ぎない。
冗談抜きで、何の力も持たぬ黒鋼よりも早く、逝かねばならないかもしれないのだ――――――――。
それでもなお。
「私は『此処に在る』事を選んだ。」
それは、お前も、『選んで』も構わないことではないのか?
長い長い時の狭間の、ほんのひと時の安らぎを。
その後に訪れる哀しみと苦しみは、いわば――――――――その『対価』。
全てを悟り。
全てをその内に内包し。
一切を己がものとして享受する、その心のあり方。
(真似できないよ。)
そんなにも。
オレ、人間出来てないもの。
(真似なんかしなくてもいい。お前はお前の『時』を刻めばいい。)
誰憚ることなく。
自分だけの、『時間』を。
ポンポン、と頭を叩かれて、コチン、と頭の上に額が当てられた。
いたずらをして叱られた後に、こんな事をされたような気さえする。遙か彼方、遠い昔に。
「リアンさん、オレの母さんみたいだ―――――・・・。」
へにゃり、と笑おうとして、半分失敗して。
泣き笑いの顔で、子猫のように見上げれば、くしゃくしゃと頭を撫でられて。
永劫の闇は、しかし深い優しさを湛えて、包み込む。
白き魔術師は、ようやく笑った。
微かに。
しかし明るい光に満ちて。
風がそよ、と吹く。
『時』はそこにしばし留まり、魔術師の心を和ませて。
『仲間』という、かけがえのない『安らぎの場所』を手に入れた。
心満たされて、ふと空を仰げば。
青い空――――己の瞳と同じ色の『空』は、何処までも、澄んで。
白い鳥が一羽、遠く彼方を飛んで行った。
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「俺も行きます。」
止まっていた『時』を流したのは、少年。
「小狼君・・・・?」
目を見開いたまま視線を移したファイに、小狼は微笑んだ。
「俺の旅の願いが叶ったのは、皆のおかげです。・・・だから。」
少年の目は、決意と自信に満ちて。
「今度は、ファイさんの『願い』を叶える為に、俺が行きます。」
「私も行きます!」
「姫?!」
それには皆も驚いてその人を見る。
「私の旅・・・ファイさんが居なかったら・・・・終わっていなかったと思います。」
その天性の、『人を変える力』を持つ微笑を。
「『ツバサの力』を使えるようになったのは、ファイさんのお陰です!だから・・・!」
「サクラちゃん・・・・・。」
「・・・言い出したら肯かねぇのは、何処の『姫』も同じだぞ。」
それは、本当に『身に沁みて』解っているが。
「でも!」
さすがにファイは背筋を正した。
「駄目だよ、サクラちゃん。今度ばかりは、絶対に駄目だ。」
「どうしてですか?!」
「次元転送ならリアンさんがやってくれる。サポートは黒様や小狼君がやってくれる。君を危険な目に遭わせる訳にはいかないんだ。」
「聞こえません!」
「リアンさんの真似しないの!!」
傍目には漫才のようにしか見えない遣り取りだが、本人たちは至って真面目だ。
これは困った事になった、と小狼は思った。
サクラの言い分もわかる。
ファイの言い分もわかる。
それぞれに筋が通っているだけに、どっちに重きを置くのかが大問題だ。
――――――――第三者的に見れば、『サクラを連れて行かない』のが当然なのだろうけれど。
ただ黙って。
『詠唱破棄できて』、『後から魔法陣を展開できる』からこそなのだろうが。
ひょい、と手が動き、次の瞬間にサクラの足元に魔法陣が浮かび上がり――――――――瞬きする間もなく、サクラの姿は消えていた。
「うわ〜〜〜強制執行だ・・・・・。」
「・・・玖楼国に送ったのか?」
「不毛な会話が何時までも続くのは聞くに堪えん。」
その顔は、何処か『怒っている』。
「こりゃあ、宥めるのが大変だぞ。」
小狼君、よろしくね、と手を合わせて拝むファイに苦笑を零す。
実際大変だろう――――――――。
容易に予測できる事なので。
「・・・・黒様。」
「あ?なんだ?」
「・・・リアンさん、絶対に怒らせたら駄目だよ・・・・?」
「・・・おぅ・・・気ぃつけるわ・・・・。」
ぼそぼそと。
大人組のひそひそ話に、小狼は人生の墓場を見たような気分になった。
それを知ってか知らずか。
当の『怒らせたらヤバい』人は。
ふと呟いた。
「明後日の昼頃かな。」
その言葉に。
皆は驚いて、その人の顔を見た。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
一瞬光に包まれて。
目を開ければ、そこは。
「・・・・え・・・・?」
見慣れた景色。
見慣れた調度。
見慣れた――――――――。
「・・・・・嘘・・・・・・。」
思わず口を押さえて。
その目からたちまち大粒の涙が溢れ出す。
「・・・なんで・・・・私だけ・・・・・。」
自分が玖楼国の『姫』だから?
何の力もない『女の子』だから?
全てが絶望の色に彩られた気がして。
がっくりと項垂れて、ほろほろと落ちる涙が床に煌きを零すのを、ただぼんやりと見ていた。
「お帰りなさい、姫。」
静かに歩み寄ってきた、雪兎神官は、にっこりと微笑んで。
黙ってハンカチを差し出した。
それを受け取り、涙を拭く。
しかし、次々と涙はあふれてきて。
微笑みながらそれを見ていた雪兎神官は、すい、と手にしたものを差し出した。
「!!・・・・雪兎さん・・・・これ・・・・・?!」
その手にあったのは、1枚の『羽根』。
「お言伝です。」
その微笑は、いささかも変わることなく。
「『兄王の許可を取れ』。以上です。」
「兄様の・・・・・・?」
サクラははっとした。
そうだ。
自分は確かに『旅の仲間』。
だが、それはいわば『私的』なもの。
『公的』には、自分は玖楼国の『王位継承者』。
自由気ままに振舞って良い存在ではない。
ましてや、自分の庇護者が、ただ1人の兄王であるならば。
自ら望んで危地に赴こうとするに当たって、その許可を求めるのは当然ではないか。
そして、それは。
(私が『一人』でしなければならない事。)
誰の助けも借りず。
ただ自分の力だけで。
それは、自らの責において行動するという事。
自分の意思で決めた事に、全ての責任を負うという事。
もう、『子供』ではないのだから。
一人の『人間』として、それを全うせよ、と。
その為に、自分ひとりを玖楼国に送り返したのだ。
それは――――――――。
(私を『一人の人間』として、『認めて』くれている、という事・・・・・・。)
確固たる意思を持つ存在として。
自分を認めてくれるが故の行動であったのだと。
それすら理解できなかった自分が恥ずかしい。
(これは、私が『やらなければならない』事。)
自分が。
そして、自分だけが。
なさねばならない事なのだ。
サクラは、もう一度涙を拭った。
もう、次の涙は出てこない。
これでいい。
サクラは立ち上がり、ハンカチを丁寧に畳みなおして雪兎神官に差し出した。
「ありがとう、雪兎さん。」
「もう大丈夫ですか?」
「はい。」
しっかりと、顔を上げて。
「兄様は、何処ですか?」
「王は執務室です。もうすぐ終わられると思いますよ。」
「わかりました。」
軽く一礼して。
歩み去るその後ろ姿を見て、雪兎神官は柔らかな微笑みを浮かべた。
「さて・・・桃矢は何時まで保つかな・・・・・?」
砂漠の風は、優しい香りを運んできた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「まあ、いずれはサクラちゃんにとっては『乗り越えなきゃいけない』事だしねぇ。」
何処か苦笑いを零しながら。
玖楼国でみた兄王は、結構頑迷な所がある。
もちろん、それはサクラに対してのみ限定ではあるが。
「あーでも、小狼君はオッケーだよー♪『黒鋼とーさん』が許可するしー♪」
「誰が『とーさん』だ!!」
「『ファイかーさん』もオッケーだってー♪」
「あれぇ〜〜?モコナ〜〜『かーさん』はリアンさんでしょー?」
「・・・だから・・・・・。」
「私は、『お・ね・え・さ・ん』。」
「・・・・・・・は――――い・・・・。」
「リアン、つよ――――――い♪♪」
「じゃあ、『黒鋼とーさん』と『ファイかーさん』がOKってんなら、小狼は問題ナシ、と。」
「・・・聞いてんのか、お前ら――――――っ!!」
如何に吼えたとて。『魔術師の会話』に叶うべくも無いものを。
それがまだわからない様子で。
頭を抱え込んだ忍者の上を、モコナが喜んで飛び回る。
「黒鋼、負け――――――――♪♪」
「やかましいっ白まんじゅうっっ!!!」
忍者の叫びが響き渡った。
************************************************
その叫びを聞きつけたか。
「あら?黒鋼、此処に居たのですか。・・・ちょっとおいでなさい、話があります。」
知世姫が階から呼び止める。面倒くさそうに、それでも行くのは、やはり『仕える者』としての行動だろう。
何だかんだ言っても、知世姫は『主君』なのだから。
「いってらっしゃーい♪」
笑顔で手を振りながら見送って。
ファイはリアンに向き直った。
「ねーねーリアンさんー。」
「?」
それは、まるで小さい子供がお菓子をねだるように。
「あの時約束したでしょー?」
「??」
「おっさんの所でさー・・・・・。」
そう言いながら、自分の左目を指差す。
細かな装飾が施された眼帯は、どこかで見た猫の絵が刺繍されていた。
「サクラちゃんが一生懸命刺繍してくれたりして、気に入ってもいるんだけど、やっぱり・・・・ね。」
「あぁ、そうだったな・・・・。」
ようやく思い出して。
眼帯を外すように指示をする。
ファイはそっと眼帯を外した。もちろん左目は閉じたままだ。
「色は同じでいいか?」
「違う色にしてどーすんのー。」
「いや好みの問題も多々あろうかと。」
「同じでケッコーですー。」
「わかった。」
掌に。
光が凝縮していく。
驚きに目を瞠る小狼の視線を受け流し。
その光は、小さな玉の形を形成した。
「少し、痛むぞ。」
ふっとファイは身構えた。
痛みなんて。
『これ』が失われた時のものに比べれば。
その後、自分を見る度に曇る小狼の顔を見る時に比べれば。
(ぜーんぜん問題ナシ・・・・・。)
自分で自分に言い聞かせて。
光が近づいた、と思った瞬間に。
「・・・!!」
激痛ともいえるような。
雷が走ったかのような。
鋭い痛みが眼窩を走った。
さすがにその秀麗な顔に苦悩の色を刻む。
「ファイさん!!」
思わず手を差しのべかけた小狼を、すい、と制する。
「・・・ファイさん・・・・・。」
「大丈夫。」
所詮は一時的なもの。
もう既に痛みは去っていた。
「もう目を開けても良いぞ。」
そうっと。
少しの怯えをも滲ませながら、ファイは目を開いた。
――――――――『両目』を。
「・・・・・・ファイさん・・・・・・。」
小狼の目から涙があふれ出た。
自分に等しき存在が抉り出し、我を失った状態であったとはいえ、自分が飲み込んでしまった、その左目が。
かつてと同じ、いやかつてよりも清々しき輝きを持って、在るべき場所に在る。
確かに、あの時。
『ついでにねー、義眼もよろしくー。』と言っていたのを思い出した。
それは『すぐ』ではなかったけれど。
ファイも、また。
ぱちぱち、と瞬きを繰り返し。
その違和感の無さに感心する。
「『見えぬ』が、そこまでは文句を言ってくれるな。」
「勿体のうございますー。」
嬉しさを、照れ隠しのように茶化して。
にっこりと笑った。
「ありがとう。・・・・・『おかーさん』♪」
「・・・・砕こうか?」
うわー本気だー、と小狼を盾にして隠れる。
それは、とても嬉しそうに。
冗談だよぉー、と笑いながら弁解しつつ。
口をへの字に曲げたその人の首根っこにかじりつく。
「こーんな事させてくれる人って他にはいないしー♪」
「・・・黒鋼さんが席を外していて、本当に良かったです・・・・。」
その真面目な気質ゆえに。
小狼の苦労もまた、果てしないのかもしれなかった。
************************************************
とりあえずお茶にしよう、と意見の一致を見た時。
何やら向こうで論争する声が聞こえてきた―――内容まではわからないが。
「?」
「黒たんと・・・知世姫だね――――――?」
何事か、といぶかしむ皆の前に、黒鋼が足音も荒く戻ってきた。
「・・・おい!!」
そのままリアンの手首をつかむ。
「・・・ちょっと、来い!!」
「???・・・何?」
「いいから・・・来い!!!」
そのまま引きずるように連れて行く。
「・・・・黒鋼さん・・・?」
(『また』引きずられていった・・・・・。)
あっけに取られて見送るファイと小狼の耳に、コロコロと鈴が鳴るような笑い声が響いた。
「本当に予想通りの行動ですわね―――♪」
それは、本当に楽しそうで。思わず失笑が漏れる。
「何なんですかー?」
これまた楽しそうにファイが訊ねた。にっこりと微笑みあう。
黒鋼が何時も言う所の、『黒い』笑顔で。
「実は・・・・。」
「・・・・知世姫・・・・マジですかー?」
「ええ。とっても、真剣ですのよ。」
「うわ――――――・・・・こりゃあ、ちょっと見ものかも――――?」
「ファイさん・・・それって・・・不謹慎ですよ・・・?」
「あ。やっぱり?」
「はい。・・・・・あ・・・でも・・・・。」
「でも・・・・?」
「・・・見てみたい気も・・・します・・・・。」
「・・・でしょ?」
ファイの笑顔は―――――魔術師特有の、『黒い』微笑みに彩られていた。
************************************************
「ち・・・ちょっと・・・・!」
ぐいぐい引っ張られて、どこへ連れて行かれるのかも解らない。
目が見えない分、気配と念で『見よう』としたが、それすらも出来ない。
扉が開くような音がして、今度は閉じる音がした。
「・・・・・はぁ〜〜〜・・・・。」
深いため息が聞こえた。掴んでいた手を離し、ぐったりしているようだ。
大丈夫なのかと、手を伸ばしかけた時、疲れきったような声が遮った。
「・・・おい。結界、張れ。」
「?」
「いいから!・・・誰にも『聞こえない』ように、『見えない』ように、結界張れ!」
何の事かさっぱりわからないが、『見られ』たり『聞かれ』たりすると困る話なのだろうか。
ふわ、と羽根を1つ、飛ばした。
周りの気配が変わるのが、黒鋼にもわかる。
「・・・張ったか?」
コク、と頷く。
小さなため息が、もう1つ聞こえて。
何やらごそごそと、取り出したらしい気配がする。
「??」
「・・・・おい。」
声がかかって。左手が掴まれた。指をそろえて眺めるような持たれ方に、きょとん、とする。
「?」
何が何だか、さっぱり解らない。
黒鋼は、何かを躊躇うように、じっとしている。
そして、おもむろに。
滑るように『それ』は、指に入り込み、指の付け根で止まった。
『左手』の『薬指』に。
「・・・え・・・・・・これ・・・・?」
『これ』が示す意味を、無論知らぬ訳ではない。だが『日本国』には、『これ』の風習はなかったはずだ。
思考がグルグルと空回りする。
「・・・黒鋼・・・?」
応えは、ない。
くるりと手をひっくり返されて、我に返った。
掌に、小さな感触が置かれ、キュッと包ませられる。
そっと開いて触れてみた。そこに在ったのは―――――。
「・・・・・。」
それは、もう1つの。
少し大きな、対の指輪。
「・・・嵌めろ。」
ぶっきらぼうな言い方が、どことなく上ずっている気がしたのは気のせいだろうか。
左手を、ぐい、と押し付けてくる。
「・・・いいのか・・・・?」
「いいから・・・さっさと嵌めやがれ!」
その声に、かすかな『照れ』のようなものを感じるのは。
落とさぬように注意を払い、指でたどるようにしながら、少しずつ嵌める。
初めて意識して触れるその手は、大きくて、そして無骨で。
関節などに引っかかりつつ、ようやく付け根にたどり着いた。
「・・・・。」
「・・・知世姫が・・・言いやがったんだ・・・・。」
「・・・?」
「・・・『絆のカタチ』があれば・・・もし手が離れても、互いに引き合えるから、って・・・・だから・・・。」
「・・・絆の・・・『カタチ』・・・。」
「・・・こんなの無くったって、放さねぇけどな。」
何か言おうとしたが、言葉にする前に、胸に押し付けられた。
厚くて広い、その胸に。
「俺は・・・放さねぇ。絶対に・・・連れて帰る。此処へ。」
「・・・・黒鋼・・・。」
温もりが伝わってくる。それは、信じられないほどの優しさに満ちて。
その手を取れば、『絆のカタチ』が――――そこに。
小さくて、頼りなさげで、しかし、それは力強くて。
確かに、『繋ぐ』、と。
我知らず、その手にそっと頬を寄せていた。
時の彼方に置き去りにしてきた『心』を、『想い』を、やっと取り戻せた気がして。
「絶対、どこにも行くんじゃねぇぞ。ずっと・・・ここに・・・『俺の傍』に、居ろ。」
―――聞こえる声も、どこか遠くから聞こえるような、そんな錯覚さえ覚えるのだった。
************************************************
「あら、帰ってきましたわね。」
どことなく楽しげに、知世姫が呟く。皆の視線が集中するのを感じて、黒鋼は一気に不機嫌になった。
「・・・しゃべったな・・・てめぇ・・・べらべらと・・・・。」
「あら、いけませんか?」
臣下の脅しなどに屈するような『姫』ではない。むしろ、それが楽しいかのように。
しかし、黒鋼の『左手』に目を遣って、その表情が少し変わった。
「・・・考えましたわね。」
それはちょっと、いやかなり残念そうな響きすら漂わせて。
「あ―――?それって、ナシだよぉ〜〜ぉ・・・。」
いかにも残念そうなファイ。小狼と蘇摩は、同時にほっと安堵のため息を漏らした。
「・・・・。」
「・・・・。」
顔を見合わせて、くすり、と笑う。考えていることは同じだ、と。
黒鋼の左手には―――『手套』が嵌められていた。
「大体、何でこういうワル知恵だけは目茶苦茶働きまくるんだよ!!」
文句の行き所は、知世姫だが。お茶を飲んでいる知世姫は、しかし不機嫌だった。
「残念ですわ・・・せっかく『黒鋼』で、おいしいお茶がいただけると思っておりましたのに・・・・。」
「ど――――いう意味だ!!」
俺は茶菓子か!!とぶーたれる黒鋼に、蘇摩がまあまあ、と宥めに入る。
「・・・その手套・・・『護法』が掛けてありますわね。」
「ん?・・あぁ・・・・。」
「・・・本っ当に、『考え』ましたわね?」
知世姫的には相当不満そうだ。
何故ならば。
(この『護法』は、黒鋼を『護る』もの。)
それは、自分よりも遙かに強い『チカラ』で。
如何に主君といえども、これは『外せ』とは言えない――――――――。
(勝ったな。)
黒鋼的にはニヤ、と笑う事で大いに溜飲を下げる。
――――――――本当に『困った』のだから。
何とか指輪は嵌めたが、いざその『手』をどうしようかと考えあぐねていて。
そんな『物』をひけらかして歩けば、何を言われるかわかったものではない。
『手甲』では指は隠せない。
かといって、指輪の方を外すわけにもいかず。
「『手套』は?」
それなら『隠せる』が、『ただ』嵌めただけでは絶対に駄目だ。
『外しなさい。』と、知世姫が命じたらお終いだ。あの姫のことだ、絶対言うに決まっている。
「何かいい方法、無ぇか?」
幾つかの抽斗を探して――――――そこは黒鋼の私室だった――――――何やら小箱から手套を引っ張り出してきた。
出してきたのは、ほぼ新品で、指の無い形をしたものだった。僅かに関節まであるかないか、の。
「・・・やってみるかな。」
静かに念を込める。白い光が凝縮し、小さな煌きとなり。
やがてそれは小さな『水晶』となり、手套の手首の部分に組み込まれるように収まった。
「初めて見たな・・・何をやったんだ?」
魔法に縁の無い黒鋼にとっては、それは奇術の様にも思えて。
嵌めてみると、何処か暖かいような気さえする。
窓の光に透かせば、水晶の中に、羽根があるのがわかった。
「『羽根水晶』だ。私が遣う『魔法具』なのだが。」
「お前でも道具を使うことがあるのか。」
それは当然あるよ、と苦笑して。
説明を続ける。
「守護呪文を封印してある。・・・打撃にも魔法にも有効だ。」
日本国では『護法』と言うかな、と。
しかも、そこはこの人のやる事だから、かなり強力なものを仕込んだようだ。
これなら『外せ』とは言えない。黒鋼自身を―――『護るモノ』だから。
魔術師同士の駆け引きは、最後にリアンが勝った、と言うべきか。
しかし。
「着け慣れて無ぇからな・・・・・。」
かなり違和感があるらしい。
元々手套そのものが邪魔だと思っていた。
だから普段は使わない。
刀を遣うのに、少し抵抗を感じた。
「左だけにするか?」
それでもいいか、と右は外した。
しかし、そうなると、せっかく掛けた『護法』が勿体無い。
左右を変えられる、とリアンが言ったので、それは小狼に譲る事になった。
「てなわけで、これは、おめぇにやる。」
差し出された手套に、小狼は破顔した。
(こんなに微笑ましいお裾分けなら、いつでもOKなんだけどな。)
小狼は、結局右がいい、という事になり、向きは変えずにそのまま使うことになった。
若干大きかったが、手首の所を締めて調節する。
「これで小僧の守りは大丈夫だな。」
問われてファイも、嬉しそうに笑った。
たとえ同行を認めたと言っても、傷つくのを見るのは本意ではないのだから。
『護り手』の、その気遣いが本当に嬉しくて。
「オレ――――――――絶対、負けないから。」
蒼き光を帯びて、氷雪の魔術師は決意を新たにした。
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