|
とても、とても、寒いんだよ。
ああ、そんな薄着だったら、いっぺんに風邪引いちゃうよ。
オレの格好、知ってるでしょ?
寒さに慣れたオレでもあれだけ着てるんだよ。
ちゃんと防寒対策しなきゃ。
毛皮とか、あるのかな?
『絹』も結構保温性が高いって聞いたよ。
――――――もちろん、『遊び』に行くんじゃないから・・・・ね・・・・。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
とにかく寒い、としつこいまでに魔術師は繰り返した。
「凍死してもオレ、責任取らないから!!」
それはいわゆる『ワンココンビ』に向けられて。
黒鋼は素肌に鎧をつけているし、小狼はマントの下はノースリーブだ。
「日本国の冬と比べたらどうなんだ?」
「オレ、日本国の冬を知らないから比較できませんー!!」
それもそうか、と思いなおす。
「そもそも、黒様冬はどうしてんの!!」
「あ?・・・一枚下に着るくらいだが?」
「・・・・信じられない・・・・・。」
まるで宇宙人でも見るような目つきに苦笑する。
「てめぇが寒がりなんだよ。やっぱり猫だな。」
「猫じゃない―――――――っ!!」
ムキー!と怒ったとて。
元々自分を『猫』になぞらえたのは自分自身であるのだからして、説得力が無い事この上ない。
「確かにあまり重装備では動き辛かろうな。」
基本的にファイは『魔法使い』だから、『打撃系』の者の事となると多少のずれが見えることがある。
「じゃあどーすんのー。」
まさか君までその格好じゃないよね?と言わんばかりに、じとっと見遣る。
長袖ではあるが、何処かフワフワして密閉していない。
暖かい空気に出て行ってください、と言っているような服だ。
「私はこのままだが。」
「信じられない夫婦が此処にー!!」
「『まだ』夫婦じゃねぇ!!」
すかさずツッコミを入れつつ。
おめぇは刀を使わねぇんだから、毛皮の上着くらい着ていきやがれ、と言っているのを見て。
小狼はこっそりと、喉の奥をククッっと鳴らした。
(ほーんと、微笑ましいや・・・・・。)
魔法で気温や体感温度を調節してしまう為に、いちいち服装を変えなくてもいいのだ、と旅の途中で聞いた。
見ている方にとっては違和感を感じまくってしまうのだが。
(もしかして・・・・・・。)
いつか自分も、サクラに同じように言うようになるのだろうか?
(言いそうだなァ・・・・。)
自己完結式のボケとツッコミは、小狼の特技なのかもしれなかった。
************************************************
結局。
『見ているだけで寒い』というファイの主張も汲んで、1枚だけ着物を着て、その上に鎧を着ける事で折り合った。
小狼は絹地で着物を作ってもらい、それを着る事になった。
それでも2人同時に、
「違和感が・・・・・。」
と言ったのには、さすがのファイもキレて、ガーガーと文句を言い倒したりもしたのだが。
リアンの方は、蘇摩が外套を用意してくれた。
だが、どう贔屓目に見ても、『防寒』というよりは『風除け』といったほうが良い厚さだ。
これまた文句を言い募りかけたファイだったのだが。
どうやらムッとしたらしいリアンに、口をファスナーに代えられてしまい、涙ながらに取り縋る羽目になった。
「・・・黒鋼さん・・・・本当に『怒らせる』とヤバいですね・・・・?」
「・・・・おぅ・・・・・。」
『絶対の禁忌』として、黒鋼のみならず、小狼の、そしてファイの記憶に深く刻み込まれたのは言うまでもない。
「・・・・ふみぃ〜〜・・・・・。」
涙目の魔術師は、苛められたよぉー、慰めてー、とすり寄ってきて、眉間に皺を増やした黒鋼に蹴りを入れられて。
そこはもちろん絶妙のタイミングでひらりとかわす。
「黒様のいけずー。」
「やかましいわ!!」
そんな漫才のような遣り取りが、戦いを前にしてピリピリする心を解きほぐす。
そう。
『一番』緊張しているのは、他ならぬファイその人。
(勝てるだろうか?)
そんな事は、蓋を開けてみなければ解らない。
だが、かつて逃げるようにセレスを後にした時に比べれば。
(今のオレ、きっと強くなってる。)
何よりも、その『心』が。
旅で『変わった』自分の心。
そして得た、かけがえの無い『仲間』達。
(大丈夫。)
それは、自分自身に言い聞かせて。
「信じつづけたら・・・・・何時かきっと、必ず『ネガイ』は叶う・・・・・。」
「不変の真理であり、明日への希望だ。」
この人もまた。
向かう方向はいささかマイナスであるきらいは有ったにせよ、願い続けて、その『ネガイ』を叶えた人だ。
己の命を削り、最後の力の全てをかけて『闇の魔王』を倒す、と。
リアンだけでは無い。
黒鋼も。
小狼も。
そして、サクラも。
皆『ネガイ』を叶えてきたではないか。
(オレだって。)
きっと、叶えてみせる。
そして掴んでみせる。
夢を。
希望を。
そして、未来を。
************************************************
思考は、その人の声で断ち切られた。
「ソエル。」
「なーにー?」
小狼と何か話していたモコナは、ポーン!と飛んでやってきた。
「玖楼国へ行ってくれるか?」
「え?・・・・あ!!」
小狼の顔も、ぱあっと輝く。
「姫!連絡来たんですね?!」
「あぁ。雪兎神官が知らせてくれた。・・・無事説得できたそうだ。」
「・・・・良かった・・・・・!」
「良かったねえ〜小狼君〜〜。」
ファイも嬉しそうに小狼の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「あ、でもオレも行って挨拶した方がいいのかなぁ?」
「八つ当たりされたければ送るが。」
「・・・・やめときます・・・・・。」
おそらくその『八つ当たり』はハンパではあるまい――――――。
ほんの少し、背筋が寒くなる。
「モコナもちょっと怖ーい♪」
「では、送る。」
「キャ―――――――ッ!♪」
喜んでいるのか悲鳴なのか判らない声を残して、モコナは消えた。
「でもなんで白まんじゅうを送るんだ?」
彼方の次元には、魔法は届かないのだろうか。
しかし、『答』は。
「帰ってくるのも、修行の一環。」
たとえどれほど離れた次元の彼方であったとしても、サクラを引き戻す事は出来るのだが、今はそれをしない。
『誰か』に頼らず。
『自分のチカラ』で事に当たるのもまた、必要な事なのだ。
先達は、後進に伝え、教えねばならない。
一つ一つの行動が、『道』を示す。
(自分たちは、本当に恵まれている。)
心の底から小狼は思う。
自分ひとりで道を切り開く事は、時としてとてつもない困難を伴う。
その事を鑑みれば。
『先に歩む者がいる』という事は、『本当に幸せな事』なのだ――――――。
だが。
サクラが帰ってきたら。
『一部始終』を延々と聞かされそうだ、という予感がする。
「・・・・お茶、用意してきます・・・・・。」
「あ、小狼君、オレも手伝うよ〜〜。」
『聞き役』、いや『聞かされ役』もまた、『お勤め』の1つ。
やはり、小狼の『未来』は。
「・・・・・マジで、『見えた』な・・・・・。」
自分の事は棚の上、と言う言葉を、忍者はもっとよく理解すべきかもしれない。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
真にもって『予想の範囲』であった事には。
『こちら』に帰ってくるなり、サクラの演説が始まり。
延々と聞かされること、数時間。
いい加減『聞かされ役』も疲れてきた辺りで。
サクラがやっと話題を変えた。
「皆は何をしていたんですか?」
小狼とファイとモコナが、サクラの留守中に起こった事を色々話してやれば。
がば!!といきなり立ち上がり。
それこそ足音も荒く――――実際にはそれほどでもなかったが、とにかく『勢い』がそうだった――――黒鋼に歩み寄った。
「黒鋼さん!!」
「・・・・あ?」
そのあまりの剣幕に、一瞬たじろぐ。
「・・・な・・・・・何だ・・・・・?」
見返してくる目は、何処か怒りを含んでいる。
じり、とにじり寄ってきた。
「・・・聞いてないです。」
「え・・・・おい・・・・・ち・・ちょっと・・・待て・・・・。」
思わず後退る。
「私だけ、のけ者なんて、ずるいです!」
「・・・・え・・・と・・・・・だから・・・待てって・・・・。」
マジで、怖い。
『真剣になった女の子』とは、こんなにも『恐ろしい』モノなのだとは、今の今まで知らなかった。
ヒクヒクと頬が痙攣する。
「私は『見せて』も貰えないんですか―――――?!」
「だから!!『待て』って言ってんだろ―――――が―――――っ!!」
『黒くてでっかい忍者』が叫んだところで。
「可愛いサクラちゃんに勝てる人なんていないよね〜〜?」
ニヤニヤ笑いのチェシャ猫の様な。
小狼はどうフォローしていいかわからずに。
さっきから笑いっぱなしのファイと共に傍観者に徹することに決めるしかなかった。
「あぁもう、ワケ解んねぇ!!勝手にしろ!」
とうとう匙を投げて。サクラの前に左手を突き出した。
「えーっと・・・・。」
何やら少し苦労してから。
ようやく目的を達成したサクラは、満面の笑顔を見せた。
「おめでとうございます!黒鋼さん!!」
「あ・・・・まぁ・・・・その・・・・・・どうも・・・・・。」
「ステキです!!黒鋼さん!!」
「・・・・はぁ?」
『手套』を外して、その下に隠されていた『指輪』をじっと眺めて。
その笑顔が悪魔のような響きを持つと誰が想像し得るのか。
「知世姫にお話ししたんです!玖楼国では、婚約したら指輪を交換するんだって!!」
「!!!・・・・元ネタはそこかよ!!!」
道理で日本国には無い風習を知世姫が知っていたわけだ。手套を嵌めるのも忘れて思わず頭を抱え込む。
(・・・・・・これだから・・・・・。)
この姫は。
おそらくその話が、どういう事になるかを思いもせずに話したのだろう。
(相手が悪すぎだ!!)
忍者の心の叫びは、しかし正しい。
サクラはといえば、実に満足そうな顔でお茶を飲んでいたりもするのだった。
「・・・・『お姫様』って・・・ホントに怖いね―――――――・・・・。」
天真爛漫、無邪気であるが故に。
ファイのその言葉は、まさに『実感』だった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
騒動があるにはあったにせよ。
出発は明朝と決まった。
旅の仲間が、一度として訪れた事の無い国。
皆の故郷には、何らかの形で訪れた。
だがセレスだけは行った事が無い。
そこは―――――――『闇の魔王』と契約したという国。
今は誰もいない――――――――『水底の人』以外は。
「本当は『もう一人』いるんだけどね。」
自分の力で作った魔法生物がいるという。
「『王』が目覚めたら知らせてくれる。『たった一人』で、見張っててくれてるんだ。」
名前を『チィ』という、と言った、その魔法生物は、無事でいてくれるのだろうか。
『仲間』を得たとて、『故郷の大切な存在』には比ぶるべくも無い。
白き魔術師の為にも。
その存在よ、どうぞ無事であれ、と祈る。
白鷺城の天守閣の屋根の上。
独り、物見を兼ねて佇む黒き疾風は、ふと天を振り仰ぐ。
手を伸ばせば届きそうな、満月。
その清らなる光に、暫し陶然として、目を閉じた。
「黒鋼。」
少し下の階からかけられた声に、顔だけ動かして視線を向ける。
しゃらり、と髪に挿した飾りが高い音を発して、その人此処にありきと教えた。
窓辺に佇む主の姿を視界に収めて、低く、問いかけた。
「何だ、知世姫。」
「貴方に、『命令』を。」
「『命令』?」
訝しげな忍者に、知世姫はコロコロと笑いを零した。
「今回は、易しい事だけですわ。」
「・・・・何だ。」
「皆一緒に、此処に帰っておいでなさい。」
「しかと、承った。」
軽く、一礼して。
ふっと屋根から消えたその姿を見て。
自分もまた、頭上を振り仰ぐ。
「・・・・どうか、一筋の光明を。迷える者達に、道をお示しください・・・・・。」
清けき光を零す満月は、旅立ちの道標になるだろうか。
それもまた――――――――『ネガイ』。
祈り、信じ続ければ、必ず叶う、『ネガイ』。
(いつか、きっと。)
心弾む会話を楽しむ日が来るだろう。
(その日が来るのが、とても楽しみですわ。)
微笑んで。
知世姫は静かに窓辺を離れていった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
東の空を染めて、陽が昇る。
朝の声は、出発の時をも告げて。
鳥たちと何事か語り合っていた、『翼を統べる者』たる、その人は。
一斉に飛び立った鳥たちの羽撃きを背に、振り返った。
「では、行こうか。」
ファイは、微笑んで返事とした。
仕度は整った。
『最後』の旅の。
『最後』にするための。
水先案内は、サクラ。
旅のお供は、モコナ。
小狼。
黒鋼。
そして――――――――リアン。
何よりも心通わせた、大切な『仲間』たち。
必ず帰る。
ここへ。
皆で。
約束の地へ。
―――――そして、未来を紡ぐために。
「セレス国に向かって、出発―――――――っ!!」
|