「なぁ、『魔術師』ってぇのは、み―んな『黒い』もんなのか?」
「・・・・は?」
それこそ『目をまん丸にして』。まじまじと見る。
その視線は思考停止を物語り。
唐突な問いに対しての答がいささか間抜けなのは致し方が無い事だろう。
「いや、あのヘライのも、知世姫も、『次元の魔女』も、マジで『黒い』から、そうなのかと思ってよ。」
「・・・・・少なくとも、『魔術師』に対して問う質問ではない、と思うのだが・・・・・。」
『時の魔女』は本気で頭痛を覚えて、思わず額に手を当てた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
エステリアランド。
「『公正なる女神の園』という意味だそうだ。」
図書館で読んだ書物に書かれていた知識を披露に及ぶ。
此処の図書館の蔵書の字は、本来黒鋼には読めない。
そこは良くしたもので、リアンが『羽根』を持っていれば自動的に読めるようにしてくれた。
もっとも、『事実の確認』の為だけに訪れたので、本来は殆ど読む必要が無い。
それでも、『全く読めない』のと、『一応は読める』のとでは、天と地ほどの開きがある。
リアンの方は何冊かの蔵書を調べて、今まで調べた事、感知した事を確認した。
あとは。
「『姫の羽』を取り戻すだけ、か。」
『こちら』にあったサクラの『羽』。目の前に見ていながら、手出しが出来なかった。
「うかつに取ろうとすれば、国そのものが崩壊するぞ。」
それは、警告。『仕掛け』によるものなのだろう。
「『無理やり』でも、一応は出来ぬわけではないが、な。」
それを聞いた黒鋼の顔が嬉しそうだったのは、気のせいではないだろう。
「でも、やるなよ。」
そこはしっかりと釘をさして。
『仕掛け』そのものはリアンが簡単に見破った。
問題はその解除方法。
魔力のある方と無い方とで、同時に動かねばならない。
本来なら黒鋼が残るのが一番いいのだろうが、『仕掛け』はご丁寧な事に相反する力を必要としていた。
『魔力の有る』側では『魔力の無い』者が。
『魔力の無い』側では『魔力の有る』者が。
それぞれに在らねばならぬという、何とも手の込んだ仕掛けだった。
黒鋼が『面倒くせぇ!!』と叫んだのも無理はない。
「まぁ、仕掛けの解除は明日から始めるとして・・・・。」
もう一度再確認を、と地図やら資料やらを広げた。
此処はホテルの1室だ。
二人は『正当な手続き』を経て、この部屋に宿泊している。
これまた部屋が無くて、今度はツインルームだったが、スィートルームよりはマシだと黒鋼も折れた。
手酌で酒を飲みながら(黒鋼だけだが)、状況を確認し、お互いの認識が同一かを図る。
ズレが有れば修正しなければならない。この場合、意思の疎通は重要ポイントだ。
だから。
『魔法』についてはズブの素人である黒鋼は、さまざまな事について質問せざるを得なかった。
そしてその全てに対して、リアンはより解りやすく説明を返す。
おかげで所詮は基本的事項なのではあろうけれど、かなりの知識を身に付けることになった。
(ヘライのには、ぜってぇ聞けねぇ。)
それは意地もあって。
ファイにはこんな事を聞いたら100万倍の揶揄が返ってきそうで、聞くにも聞けなかった。
リアンなら、その心配はない。
それをいいことに、今回の事とは関係ない事まで質問し始めた。
もちろん、それに対しても、噛み砕いた説明が返ってくる。
殆ど授業のような状態だ。
挙句に発せられた質問が、冒頭の、それ。
「・・・『黒い』・・・『黒い』、ねえ・・・・。」
知世姫には面識が無いので『黒い』かどうかはわからないが。
ファイに関しては、まあ納得する。
表面を取り繕い、決して内面を見せない彼は、確かに『黒い』部類に入るだろう。
『次元の魔女』は――――言わずもがな。
「・・・魔術師というものは、どうしても対象物の内面に深く立ち入る事になる。」
ようやく言葉を見つけて。
「相手が『物』であれ『人』であれ、その『最奥なるモノ』を見る。それ故に『黒く』ならざるを得ぬのかもな。」
「・・・・ふ・・・ん・・・。」
それは、納得のいく答だった。
日本国にも『術者』はいる。現に『陰陽寮』と呼ばれる部署には、十数人の術者が詰めている。
そして何人もの術者が、狂気の淵に転がり落ちて行ったのもまた知っていた。
魔物との戦いで、何を見たのか。
自分には見る事は出来ないが、『最奥なるモノ』を見た術者は、ただ狂うしかなかったのだろうか。
今まで『心の弱い奴』としか思わなかったが、それは間違いだったようだ。
(『帰った』ら、墓参りにでも行くかな。)
狂気の果てに死んでいった術者達に、詫びておいた方がいいかもしれない。黒鋼はふと、そう思った。
「ところで、私はもう寝むが・・・まだ飲むのか?」
「まあ、あと少しな。」
「・・・そう。・・・おやすみ・・・・。」
ツッコミも何も無しに、手をひらひらと振って、リアンはベッドに横になって毛布をかぶった。
黒鋼はまだ数杯を重ねたが、飽きたのか、コップを置いて自分も横になった。
明かりを消せば、静かな寝息のみが聞こえる。
しかし、それが昨日よりも浅い事にすぐに気付いた。
それは、疲労が重なった時によくある現象。
『疲れている』のに、『眠れない』状態。
(考えてみりゃ、そうだよな。)
一時も気の休まる事も無く、『魔力』を使い続けているのだ。
自分たちを『違う』姿に見せる、『存在を偽る力』。
『魔力を外に感知させない為の力』。
『仕掛けを見破るための力』。
『書物を読むための力』。
全て『魔力』だ。しかも際限が無い。眠っていても使い続けなければならない。
その重圧。
その困難さ。
想像するに難くないが、しかしそれは黒鋼の想像を遙かに超えているはずだ。
相当な負担をかけている、と思う。
何の関わりも無いはずだったのに。
ふと、思いついて尋ねてみた。
「・・・『存在を偽る力』は、それぞれに必要なもんか・・・?」
答が無かったら明朝に聞くつもりで。声は出来るだけ低く、呟くかのように。
今自分たちは『全く違う存在』として認識されている。
そうでなければ食事も出来ないし、泊まる事も不可能だ。
眠っていてもそれは変わらない。
『誰か』が見ているかもしれないのだから。
しかし。
「・・・・・各自に必要だ。」
あまり精気の無い声で、応えはあった。目を開けた気配は無い。
それすら億劫なのだと言うかのように。
起こしてしまったのなら、と言葉を続けた。
「じゃあ、その対象以外のものに影響が及ぶ範囲はどのくらいだ?」
「・・・・・?」
「・・例えば・・・この『蒼氷』が俺の手から離れているのに、『蒼氷』とは違う物に偽れる範囲だ。」
「・・・対象物を『魔法をかける物として認識している』という条件に基づくが・・・。」
少し、身じろぎをした。
「・・・接触していれば半径2メートルくらい。非接触なら半径1メートルくらい。」
「めーとる・・・?」
「2メートルは・・・お前で言えば『一尋』かな。正確には本来の『一尋』よりもう少し長いが。」
両手を広げて、大きさを測ってみる。
(これくらいの範囲か。)
一人、納得して。言葉を重ねた。
「じゃあ、『俺を偽る力』と、『蒼氷を偽る力』は、同じものか?」
「・・・基本的には、そうだ。」
「俺が『蒼氷』を手にしていたら、『魔法』は一つで済むのか?」
「さっき言った範囲内であれば、そうなる。」
「・・・・・。」
少し考えて。意を決したように呼びかけた。
「おい。」
「・・・・?」
「手、出せ。」
「・・・・・・・??」
思考が停滞しているのか、動作がのろのろしている。
それでも、何の疑問も抱かずに。毛布から手が出て、パサ、と投げ出された。
「・・・・・・・。」
黒鋼は無言でその手首を掴んだ。
「?!」
「変な意味じゃねぇ。」
さすがに驚いたのか、目を開けて身体を浮かせたリアンを制するように、静かに言葉をかけた。
「こうやってりゃ、どちらかの『存在を偽る力』を使わずに済むだろう。」
「・・・・。」
「お前、魔力の『消費量』と『回復量』が釣り合ってねぇ。」
「・・・それは・・・・。」
「『力』を使わないわけにはいかねぇ。だったら、せめて消費量を減らすようにするしかねぇじゃねぇか。」
「・・・・・・。」
パフ、と枕に頭が落ちる。
実際問題として、限界一杯であることも確かだった。静かに目を閉じる。
「・・・・すまない・・・・。」
「詫び入れんのはこっちの方だ。」
自分には何も出来ないから。だから、せめて。
掴んだ手首から力が抜けた。静かな寝息が聞こえる。
少し深くなっているのを聞き取って、黒鋼も目を閉じた。
エステリアランドの月は、赤い月。
『見ている者』の目を惑わす、月。
心惑わす、月。
手にした駒で。
王手を打つのは誰か。
『彼方より見ている者』か。
『時の魔女』と『黒き影』か。
命がけで打つ『手』の全てが。
旋律を織り上げる。
赤き月光が奏でるその旋律。
不協和音が突き刺さる。
『企み』の瓦解と失敗をその調べに乗せて。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
(・・・・確かめねぇといけねぇな・・・・。)
静かな寝息は、先ほどよりも深い。しかしそれでも昨日よりは浅い。
関わりなど皆無であったにも拘らず、これほどまでに無茶をする。
―――――――何故?
黒鋼は、目を閉じたまま、反芻するように思い起こした。
それは、『あの』夜に。
結局ベッドに寝る気も起こらず、壁に凭れて寝ていた黒鋼は、ふと気配に目を覚ました。
「?!」
すぐ傍に、リアンが居た。
「・・・おい。なんだ。てめぇ・・・?」
自分が一瞬でも動揺したのが、未だに許せないのだが。
「・・・しっ・・・・。」
唇に、指を当て。
「・・・動くなよ。」
そう言って、す、と羽根を飛ばした。
「!!!」
目の前で、『それ』は形を成した。―――――『自分の姿』に。
(こちらに来れるか?)
その『影』と入れ替わるように、ちょうどダブルベッドを挟んだ反対側に移動する。
「・・・何なんだよ、あれは?」
(今の我々は、誰からも『見えない』し、『聞こえない』。でも声は一応潜めて・・・な。)
(・・・どういう事なんだよ?!)
(まあ、『お客』を迎える準備、だ。)
(!!)
(・・・来た。)
ス・・・、と光が一筋差し込んで。
『侵入者』が入ってきた。
微かな月明かりに照らされた、その顔を見た黒鋼は驚いた。元々夜目が効く。見間違うはずも無い。
(ありゃあ・・・・『カイル』とか言う奴だ・・・。)
(知っているのか?)
(ああ。ジェイド国と、ピッフルワールドで『姫の羽』を狙ってきた奴だ。)
(・・・次元を超えられるのか、あの男は。)
(そうみたいだ。)
そうこうしているうちに惨劇は進み、カイルは部屋を出て行った。あたりに静寂が満ちる。
「もう声を出しても構わんぞ。・・・とりあえず『イベント』は終了のようだ。」
部屋の明かりは消したまま。目の前に転がる『死体』を見遣りつつ、呆れを含んだ声で言った。
「『敵』は我々に『消えて』欲しかったようだな。しかし、まァ、大胆な事を。」
そう、『殺して』まで。
それほどにまで『追い詰められた』という事か。
「とりあえず、我々の事は、明朝には『違う存在』として認識させるようにしよう。」
「・・・何だかなー・・・・。」
黒鋼は憮然としている。
「何で『この俺』が後ろを取られなきゃならねぇんだよ?」
文句の持って行き所は、そこらしい。
「残念だが、本当に対峙した時でも『後ろ』は取られるだろう。」
その目は、厳しい。黒鋼は眉を顰めた。
「『あれ』は、気配を掴むのが非常に難しい。十の内、九は取られる。」
「でも、『一』は掴めるんだな?」
その目に、凄みを帯びて。
「『次元を切り裂いて出てくる』その一瞬の気配が読めれば、勝機はある。」
「・・・上等だ。」
その顔は、凄惨なまでの鬼気すら滲ませて。
「絶対に読み取ってやる。・・・『あいつ』は、母上の仇だ・・・・・。」
「・・・・・・。」
その時浮かんだ表情を、黒鋼が『見なかった』のは――――幸いだったのだろうか?
「で?これからどうするよ?」
取りあえずは、その事を。
「せっかく『殺して』くれたのだ・・・せいぜい隠密行動を取らせてもらおうではないか?」
「でも、どうやって?『死体』がうろうろするのかよ?」
「今もそうなのだがな。」
そう言って、ふと、『笑った』。
「!」
「今我々は、『他から見えない』状態であることを忘れるな。」
「あ・・・・。」
「『存在を偽る』事は、まぁ簡単、なのだよ。」
微かに笑う、その口元に、何故か心が騒いだのは。
「どうせ、『死体』は明日の朝、モーニングコールに反応しない我々を起こしに来たスタッフが見つけるだろう。」
「・・・・。」
「だったら、それまではとりあえず『寝て』体力温存とすべきだな。・・・てなわけで。」
トン、と黒鋼の額に指を1本、突いた。
「?!」
何をされたかわからなかったが。
「・・・てめっ・・・・何を・・・し・・・た・・・・?」
最後は声にならず。どさっと黒鋼はベッドに倒れこんだ。
「まあ誰も使ってないし、もったいないだろう?」
さすがのダブルベッドも、黒鋼ほど身体が大きいと、あまり余裕はない。
毛布と枕を床に置き、黒鋼には別の毛布をかける。忍者ならば、こんなに『熟睡』する事はありえない。
「・・・貴重な寝顔ってわけだね――――・・・。」
ほんの少し、目が優しくなった。そのまま、前髪をかき上げる。
「当たり前だが・・・・本当によく似ているな。」
その呟きは、心に痛みを伴って。
「・・・・・『諏倭の若』と・・・・。」
―――――――――――――― * ―――――――――――――
確かに聞いた。
遠くなる意識の底で、しかしはっきりと。
『諏倭の若』と呼ばれていたのは―――――他ならぬ、自分自身。
しかしリアンと面識はない。
では、誰が?
『諏倭の若』とは誰の事なのか?
(当たり前だが似ている、と言っていた。)
それは自分との血の繋がりを意味している。
父か?
祖父か?
もっと前の者か?
少なくとも解った事は。
(こいつは――――リアンは『諏倭』を知っている。)
今は滅びた故郷を。
知りたい。
答を。
そして。
―――――この人の事、を。
交差する、『点』と『線』。
二つの世界の真実は、今新たな『時』を刻もうとしていた。
『公正なる女神の園』の月は、赤き色に凄みを添えて。
逢魔ヶ刻に光は揺蕩う。
『時』を渡り続けてきた者だけが見そなわす、その『真実』。
誰にも窺い知れない、『魔女の深奥』。
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