珠 玉 と 石



「今から『講義』を始めます。」
「何でこんなかったるい事やらなきゃならねぇんだよ?!」
「何時の日か、きっと役に立ちますわ・・・・。」




―――――――――――――― * ―――――――――――――



あの時、知世姫はそう言った。
あれは、こういう意味だったんだろうか。
「この宝石の名前、なんでしょう?」
小狼の、何気ない一言で始まった『宝石の名前』談義は、まだ続いている。


この国では、宿と言えば『レントハウス』と呼ばれる一軒家の形式のものだった。
これはこれで都合がいい。かなり自由が利く。
食事などはファイやサクラが中心にやっていたりもするが、たまにリアンが作る時もある。
魔術師というのは、概して料理が上手らしい。
それに『味覚』や『好み』が違うようで。
ファイはかなり洋風であり、甘党だが、リアンはどちらかといえば『和風』だ。
この間作ったのは『巻き寿司』で、生魚が食べられないファイを気遣ったものだった。
その時一緒に作った『てんぷら』は、黒鋼が一番喜んでいたかもしれない。
なごやかな時間――――それは、あの『桜都国』での生活を髣髴ほうふつとさせるようで。


此処の気候は、日中で寒暖の差が激しい。居間の暖炉で各部屋が暖まるような仕組みになっている。
今日も夕食後、作戦会議と部屋の暖房を兼ねて食後のお茶会を開いていた所で。
壁に掛けられていたタペストリーに嵌め込まれた宝石を見て、小狼が言ったのが始まりだった。


「オレの国ではねー、小狼君の目みたいなのを『アンバー』って言うんだ。」
「へぇ・・・・。『インペリアルトパーズ』だって言われた事はあります。」
「黒たんとこでは、どう言うの?」
「『黄玉』。」
あっさりと答が返ってきて、驚いた。腕組みをして、壁にもたれているのに。
「・・・『修羅ノ国』で、阿修羅王が『琥珀こはく』って言ってました・・・。」
サクラの言葉に、美しき王を思い出す。
「んーとねー、じゃあサクラちゃんのはどう言ってた?」
ファイはもう興味津々と言った様子で。
「えっと・・・『翡翠ひすい』って・・・・。」
「まぁ、近いな。・・・俺は『翠玉すいぎょく』だと思うが。」
「オレんとこでは『ジェダイト』だねー・・・。あれ?黒たん、何してるの?」
ファイは不思議そうに覗き込んだ。黒鋼は紙に何やら書いている。
「漢字でどう書くのか、書いてもらってるんです。」
小狼が説明した。小狼は漢字がある程度理解できる。
「漢字は『表意文字』・・・意味を表すからな。」
そう言いながら、『黄玉』『琥珀こはく』『翡翠ひすい』『翠玉すいぎょく』と書いて見せた。
「あはは〜〜全然わかんないや〜〜・・・。」
ちょっとだけ、それは寂しいのだけれど。
「それは?」
書かれたのは『緑柱石』。
「『翠玉すいぎょく』の別名だ。」
それは、ぶっきらぼうに。
「俺が知ってるのでは、姫のは『エメラルド』です。」
「本当に色々あるね〜〜・・・。」
ある意味、面白い。


「ファイさんの目は、どう言うんですか?」
サクラの質問にファイは考え込んだ。
「う〜〜〜ん、『ベリル』・・・かなあ???」
「私、『アクアマリン』が近いと思います。」
「俺が知っているのでは、『パライドルトルマリン』かな?』
三者三様に。
「日本国では?」
「『藍玉』。」
「『藍』ですか?・・・『青』じゃなく?」
「『藍玉』のほうが『青玉』より色が薄い。」
「え?でも『漢字』では『藍』の方が『青』より濃いですよね?」
小狼が驚いて訊ねると、黒鋼は(そこまで知るか)といった風に目を閉じてしまった。
「で〜〜は〜〜〜お待ちかね〜〜!黒たんの目は?!」
「誰が待ってるよ!!」
すかさずのツッコミはスルーして。
「俺の知ってるのでは『ルビー』です。」
「オレんとこでは『ジンカイト』が近いかな〜〜。ねぇ、黒たんとこは?」
「知るか、んなもん。」
「『紅玉』、だな。」
今まで傍観者に徹していたリアンが添えた。
「『紅』の『玉』と書く。・・・だが『柘榴ざくろ石』もいいとは思うが。」
しぶしぶ黒鋼が書いた、『紅玉』『柘榴ざくろ石』の字を眺めて。
その『紅』を想う。


「・・・リアンさんの目は・・・難しいですね・・・・?」
サクラが覗き込む。
瑠璃るり色の・・濃い、感じ・・・?『サファイア』・・?『ラピスラズリ』・・・でもないですね・・・?」
「・・・『ブルートルマリン』・・・『ブラックサファイア』?うーーん??ちょっと違うかも・・・・」
と、小狼。
「『ブルーゾイサイト』・・・だと思うねぇ。」
(確かに『瑠璃るり』でも『青玉』でもねぇ。)
それは、『紫がかかった青』。
夕暮れの空のような。
深い海の底の様な。

「・・・・『黝簾ゆうれん石』。」
ぼそり、と呟いた言葉は。
「黒たん、何それ?」
「『ユウレンセキ』。『霊力』を授ける力がある、と伝えられている。」
「ぴったり!!」
3人の声が重なって。
「ね、ね、他にも『石の意味』ってある?!」
詰め寄らんばかりのファイに、(もう知らん)とばかりに目を背ける。
「黒様のけち〜〜〜〜!!」
白い魔術師の抗議は行き所をなくして彷徨う。


「小狼の『トパーズ』は「友情・希望」。」
「?!」
「『石言葉』だ。そんなに知っている訳ではないが。」
リアンの流れるような声に、はっとする。
「サクラ姫の『エメラルド』は『幸運・幸福。』。」
思いっきり皆が頷くのも、むべなるかな。
「ファイの『アクアマリン』は『聡明・勇気』。」
「・・・オレに『勇気』かぁ・・・・。」
それは、ちょっと複雑かも、と思うけど。
「黒鋼の『紅玉』は『情熱・勇気・仁愛・威厳』。『柘榴ざくろ石』なら『友愛・勝利』。」
「どっちも合うねえ〜〜〜。」
それには完全スルーで答えて。
「色々あって、本当に面白いです!!」
サクラ的には、とても満足であったようで。


「・・・で?」
「?」
黒い影が問うてきた。
「・・・・『黝簾ゆうれん石』には、何か言葉はあるのか?」
気になる、のか。しかし。
「『黝簾ゆうれん石』が『何』を指すのかがわからない。」
「ふん・・・・。」
その答えは、(納得いかねぇ。)と言っているようで。




―――――――――――――― * ―――――――――――――



(本当は知っている。)
暖炉の火はまだ燃えている。正確には、また火を熾したのだけど。
皆自室に引き取った。夜もふけて、辺りはしん、と静まっている。
熱いお茶を、カップを抱え込むようにして飲む。
『誰か』に見られても、言い訳が出来るように。


ちょっと寒くて。
熱いお茶が欲しくてね。


「さっさと寝ちまえ。」
黒い影はそう言いつつも、もう一度火を熾してくれた。
「ちょっとお酒入れるー?あ、こっちのお茶の方があったまるよー。」
白い影は棚の奥の方のお茶を出してくれた。
二人とも。
こっそり『外』を探索してきた、その気配を気に掛けてくれて。

「ああ、済まない。温まったらもう寝るから。」
「これは?秘蔵の、ってヤツか?・・・いいのか?貰っても?」

当たり障りの無い会話をして。
今は、一人。


(皆『ぎょく』だった。)
ふと、思った。

『黄玉』の小狼。
『翠玉』のサクラ。
『藍玉』のファイ。
『紅玉』の黒鋼。

(皆、『光るもの』を持っている・・・だから『ぎょく』なのか?)
では、自分は。
(所詮は。)
『石』でしかない。
(『悔しい』のか?)
苦笑いが浮かぶ。
(それとも・・・?)
『心』など要らないと思ったのは、そう遠くない日の事だったのに。
また『心』を取り戻しかけている『自分』に気が付く。
(サクラ姫、か。)
『人を変える力』を持つこの姫は、自分にすらその力を及ぼしている。
――――『人間』ではない、『魔女』の、自分に。
そのサクラですら、自分のこの瞳を『宝石』に例えるのに苦労した。
でも。

「『黝簾ゆうれん石』・・・・。」
黒鋼は、美しい物に例えてくれた。
図らずも、ファイも同じ石を指摘した。
『ブルーゾイサイト』。


《 ――――――『先生』の瞳は『タンザナイト』ですね。 》


同じ事を言った『弟子』の顔が思い起こされる。
黝簾ゆうれん石』も『ブルーゾイサイト』も、同じ『タンザナイト』の事だ。
もちろん、『石言葉』も知っている。――――――『彼』が教えてくれたから。

「『空想』・『冷静』・『神秘』・・・・。」

どれも当たっていない、と思う。皆の石言葉は、よく当てはまっていたけど。
(そうか。)
ハタ、と思い当たる。
(これは皆『人間』に対する言葉だ。)
だったら、納得、ではないか。
こんな事にも気が付かなかったなんて。
自嘲気味に、唇が歪む。


「・・・・『魔女』には関係ない、か・・・・。」


もう冷たくなったお茶を全部喉に流し込む。苦さが喉を刺すが、たかが、これしきの事で。
現実のほうが、もっと『苦い』から。


所詮は『魔女』。
決して『人間』には、なれはしない。


流しでコップを洗って布で拭いて戸棚に戻した。
「あ。」
ふと、思い出した。
『タンザナイト』の『石言葉』の最後の『1つ』を。
『彼』は―――――――言った。

《 この『言葉』は―――――『先生』に『一番合っている』、と思います。 》

しかし、首を横に振る。
今の自分には、あまりにも程遠い気がして。


「・・・・『誇り高き人』・・・。」


「・・・全然『合ってない』よ・・・クロウ・・・。」
独り言を呟いて。暖炉の火を始末しようと近づいた。
小さな、ため息と共に。

「・・・一番『合っている』んじゃねぇのか。」
唐突に降った声は。
黒い影が、そこに居た。
何時の間に?
本職の忍者が故の、気配の消し方なのか。
自分が『読み取れなかった』のは、自分の『心』が乱れていたせいなのだと気づく。
(だから『心』は・・・・要らないんだ・・・・。)
心の中で舌打ちして。

「何が?」
「何でもねぇよ。」

暖炉の火は、暖かな揺らぎを見せる。
その炎に照らされて、紅玉の瞳は煌きを増していた。


「・・・・聞きたいことがある。」


ぼそりと紡がれた言葉に、言いようの無い不安を感じる。
「何が聞きたい?」
全てを隠して。平静な様子で問い返す。
視線は暖炉の火を見つめたままで、静かに言葉が紡がれた。


「お前の言う『諏倭の若』って・・・誰の事だ・・・?」


何処で言っただろうかと、記憶を掘り返すのに時間がかかった。
(そうか、あの時か。)
『エステリアランド』で襲撃を受けた夜、黒鋼を眠らせるために昏倒させて――――。
確か寝顔を見ながら呟いてしまったか。

(聞かれていたのか。)
『あの』状態で聞こえていたとは、さすがと言うべきだろうが。 しかし。
(『今』は『時』ではない。)
そう、今は。
むしろ、『知られてはいけない』のだ、と。



「・・・・お前には関係が無い。・・・気にするな。」



何かを言い募りそうなその背中をポン、と叩いて、ドアのノブに手を掛けた。

「おい。」
「暖炉の後始末、よろしく。」

忌々しげに舌打ちする気配を背中に感じながら部屋に戻ってドアを閉めた。
さすがに居間ほど暖かくは無いが、まあ許容範囲内だろう。
ベッドに腰掛けて、顔を、そして頭を覆った。



自分が『此処に居る意味』は?
『居ても良いのか』?
『行かなくても良いのか』?
誰一人として、答えられる訳など無いのに。



窓の外には、雨音が忍び寄っていた。密やかに、秘めやかに。
その瞳の『色』そのままに。









暗っ!!(笑)
時間的には『第3章』の最後になります。
ぶっ倒れた皆が回復した後です。

これは、まぁー、黒鋼との距離を少し縮めるのもいいかな、と。(笑)
でもお互いに全然わかっていませんが。(苦笑)
結局何も教えてもらえない忍者がご愛嬌(爆)

宝石ネタは、素材屋さんがよく『ジュエリー』をネタに素材を作っておられるので、その延長です。
宝石の和名が好きですね〜〜♪
『黝簾石』という名は、ネットサーフィンして見つけました。『タンザナイト』は12月の誕生石です。

最初はリアンの目は『青玉(=サファイア)』にしようかと思ってたんですが、
『別格』という意味で、あえて『玉』ではなく『石』にしました。
メンバーとは『違う』存在って事です。

しっかし、小狼は物知りだ。変なところで感心してしまうなあ。うん。(爆)

               作者・シュウ    2006.04.30UP

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