「・・・・・雨だ!」
モコナの声にはっとする。
次元移動から出た先は。
しとしとと降る雨に、濡れそぼれた国。
だが。
「――――――!」
「この雨・・・『ただの』雨じゃない!!」
2人の魔術師は、同時に反応した。
しかし、時既に遅く。
「・・・え?」
サクラの体が、ぼう、と光り始めた。
「姫?!」
慌てて駆け寄ろうとした小狼の身体も光り始める。
ファイも。
黒鋼も。
モコナも。
そしてリアンの身体もまた光り始めた。
その光が徐々に薄れて。
そこに現れた『モノ』を見て、一同は愕然となった。
「―――――――『猫』・・・・・・?!」
そこに居たのは、明らかに『ネコ科』の動物たち。
「・・私たち、『ネコに』・・・?!」
小さな『子猫』――――サクラが泣きそうな声で。
「大丈夫ですよ、きっと方法が見つかります。」
大きな『ヤマネコ』。小狼だ。
「しかし、参ったねぇ〜〜・・・。」
白い被毛が艶やかな、青い目が煌くシャム猫のような、ファイ。
「一体どうなってんだ、これは・・・・。」
ぼやくしか出来ない、黒ヒョウ――――――黒鋼だ。
「モコナもお耳が変――――!!」
『長い』耳が、『立ち』耳になった、モコナ。外見はさすがにそれ以上ネコらしいようには変わっていない。
ファイは首を傾げた。
「何で黒様だけ『ヒョウ』なんだろ?」
「『戦闘能力』の差・・・ではないかな?」
バサリ、と風が起こる。黒鋼は、その鼻っ面に皺を寄せて言った。
「その意見は正しいと百歩譲ってだな・・・・。」
ザァッ、と。
「何でてめぇだけ、『鳥』なんだよ!!」
「ま、少し思う所があって。・・・この『雨』は『魔法』そのもののようだな。」
答はぼかして簡単にいなし。
黒ヒョウの眉間に皺が寄った。
何かを言いかけた、その時!
「・・・!」
大きな羽ばたきと共に離床する。それとほぼ時を同じくして、『今までいた所』に複数の『影』が走った。
「誰だ?!」
気配を剣呑にして、黒ヒョウは立ちはだかった。頼みの刀は無いが、爪と牙がある。
しかし、『影』の狙いは――――――――。
『鳥』を、狙っていた。
しかし捕まるような相手でもなく。ましてや相手は『空を飛ぶ』。
あっという間に視界から消えた『鳥』を追って、いくつかの『影』が消え、この場には3つの『影』が残った。
「誰だ、てめぇらは・・・・?」
「今の『鳥』はお前たちの仲間か?」
質問への応えは無く、逆に掛けられた問いには、『殺気』がみなぎる。
「答えろ。」
絶対の上位権限を匂わせて、『影』―――――『蒼い大型の猫』が一歩踏み出した。
その時。
「ああああ・・・ありがとぉぉぉ〜〜〜〜!!」
シャム猫が縋りついた。
「?!」
「あの『鳥』、付き纏われてたんだよぉ〜〜!脅されて・・・・・怖かったんだよぉぉぉ〜〜〜!!」
えぐえぐとしゃくり上げながらシャム猫―――――ファイはまくしたてた。
「ありがとう〜〜助けてくれて、本当にありがとう〜〜!!」
「・・・・『仲間』ではないのか。」
ブンブンと首を横に振る。
(そうか。)
小狼も合点した。
『彼ら』にとって『鳥』が『敵』ならば、今はその仲間と判断されるのは、あまりにも危険だ。
黒鋼は『戦える』といっても、『蒼氷』を使うほどの戦闘能力は『今』は無い。
自分は言わずもがな。
ファイの『芝居』は、咄嗟の判断であっただろうが、実に的確な物なのだ。
「・・・では、安心するがいい。此処では、お前たちは『護られる』。」
コクコクと頷き。ファイは逆に質問を投げかけた。
「あのぅ・・・どうしてオレたち『猫』になっちゃったんですー?」
「この国は、『猫族』を守護し奉る『神』のしろしめす国。故にあの『恵みの雨』によって、全ての者は『猫族』になる。」
「はー・・・『神様』ですかー・・・。」
「此処では飢えも渇きも無い。食事もする必要が無い。気ままに暮らしてよい。」
「何だか夢みたいな所ですね〜〜・・・。」
「もちろん国の外に出れば、元の姿に戻る。空腹も疲労も、一時に来るがな。」
そう言って、蒼い猫は踵を返した。2つの『影』も後に続く。
「変わった『国』だねえ〜〜〜。」
「リアンさん、大丈夫でしょうか・・・・?」
「あいつは大丈夫だろう。」
「ん〜〜〜〜・・・。」
ファイは大きく伸びをした。
「とりあえず、雨宿りしようよ。」
近くにあった家の中を覗く。
誰も居ない。
人が住んでいる気配も無い。
「お邪魔しまーす・・・。」
とりあえず入って、ぶるぶると身体を振った。
「時間としては、『夜』になったんでしょうか?」
来た時よりはかなり薄暗くなった『外』を見て小狼が訊ねた。
「そうだろうな。」
簡単に答えて、しかし、窓の外から目を離さない。
(本当は心配しているくせに。)
くすり、と。ファイは気付かれないように笑いを零した。
「蝋燭がありましたが・・・・どうやって火をつけましょう?」
「ん〜〜〜リアンさんが居れば点けてもらえるんだけどね〜〜?」
「灯りくらい、点けられるだろうが。」
初歩的な魔法のはずだ。いくら『使わない』と決めているからといっても、これくらいなら?
「ん〜〜〜でも・・・・・。」
やはり。
使いたくない。
そう思った時、小狼の真横で蝋燭にパッと明かりが点った。
「うわっ!」
思わず飛び退る。外を見れば、そこかしこに、やはり柔らかな光が零れ出ていた。
「これも『神様』のおかげかなー?」
しかし、ファイは。
そして黒鋼は。
あちこちに点る『灯り』のそばに、いやこの町全体に。
『人(今は猫)』の気配が絶えている事を感じ取っていた。
(何処へ行った?)
この『家』は、明らかに『人間用』だ。
とすると、『猫に変わる』のは、そう遠くない過去から始まっている事になる。
『誰か』が『猫族の神』を名乗って『猫』に変えている。
『何のため』に?
「『餌』だよ。」
いつの間にか帰ってきたのか。
部屋の片隅に、濡れた羽を繕う白い影がいた。
ふっと念を凝らせば、あっという間に乾いていく。
「無事だったんですね!!良かった!!」
コロコロと駆け寄る子猫に、ちょい、と顔を押し当てて。
「私のことなら心配は要らない。」
「でも・・・・・。」
にゃごにゃご、とすり寄る子猫を背中に乗せて、リアンは皆の方にやってきた。
大きさはアヒルくらいだが、その姿は鷺のようでもある。
「『敵』にとって、『猫』はまたとない『ご馳走』なのだそうだ。」
「俺らを『食おう』って魂胆か?!」
「そういう事だな。」
「冗談じゃねぇ!」
思わず声を上げる。『今』の自分たちは、『自分』を守るのに、なんとも心もとないのに。
「『食事時間』はまちまちらしい。寝ている間に居なくなったり、昼間にふい、と居なくなったりするそうだ。」
「じゃあ、できるだけ固まって、ふらふらしないようにしないといけないね?」
ファイの進言にリアンは頷いて見せた。
「とりあえず今夜はもう寝たらどうだ?既に撃沈しているのも居るし。」
見れば羽根布団状態で温かかったのか、リアンの背中で子猫が安らかな寝息を立てている。
「んじゃあ、寝ますか。」
自ずとサクラの――――――リアンの周辺に集まる事になった。
「俺が起きてる。・・・皆、寝ろ。」
夜が活動時間の忍者だから、夜にはめっぽう強い。
長い足を折りたたんでしゃがみこんだリアンは、サクラを下ろそうとした小狼に、(このままで良い)と告げた。
「起こすと可哀想だ。」
小狼も納得して、側に丸くなる。ファイもそのとなりで丸くなった。
蝋燭の明かりが、ジジ・・・・と、ちらつきを見せる。
げしっ!!
「・・・・・『猫』になっても変わんねぇのか・・・・。」
思わず黒鋼がぼやいた事には。
ゴロゴロ転がりまくっている、子猫1匹。
「・・・姫の寝相が悪いのは・・・・・。」
「・・・・知っていたけど・・・・。」
「思いっきり『直撃』だったな?」
自分の上からコロコロ転がり落ちて、そのままの勢いで小狼の鼻っ面に当たり。
そこからさらにゴロゴロと転がってファイの横っ腹を蹴っ飛ばした。
ある意味『不意打ち』を食らった形の2人―――――もとい2匹は、それぞれのダメージポイントを抑えている。
これでは『寝る』どころの騒ぎではない。
君子危うきに近寄らず、とか言いながら、リアンはさっさと離れた所に移動してしまった。
「やれやれ・・・・・。」
大きなため息をついて。
ひょい、と長いその尻尾を差し伸べた。
ゴロゴロ転がって、尻尾の上をローラーするかのように移動する。
ごろん、ごろん。
何度か往復して、ちょうど腰の辺りに尻尾がくるくると巻きついた。
「・・・あ!」
小狼は思わず声を上げた。
黒鋼の尻尾がまるで命綱のようになって、サクラが明後日の方向に行かなくなった。
「あ・・でも、これじゃあ、黒鋼さん、寝てられないんじゃあ・・・・?」
「どうせ『宿直』だから構わねぇよ。」
とっとと寝ろ、と。
ゴロゴロ定位置のみを転がるサクラに当たらない場所を決めて、小狼とファイはもう一度丸くなった。
疲れていたのか、すぐに寝息をたて始める。
「『護り手』だな。」
「うるせぇ。てめぇもさっさと寝やがれ。」
少し照れたかのように。憮然として言えば。
「じゃあ、そうさせて貰おう。・・・おやすみ。」
ちょっと羽を繕って。リアンもまた丸くなった。
「・・・・・おい。」
「?」
「何でそんなに離れた所で寝るんだ?」
もう姫は蹴り飛ばさないだろう?と。
そう言われると、そうだった、と思い直したか。
リアンはひょこひょこと傍に寄ってきた。
「何処なら邪魔にならない?」
「・・・・・何処でも構わねぇよ。」
ちょっと鼻先を掻く。
リアンはすい、と場所を決め、今度こそ本当に丸くなった。長い首は器用に羽根の中に折りたたむ。
「・・・・・・・・。」
(何だか、いい匂いがする。)
鼻をひくつかせて、その元をたどれば、どうやら『羽根』から匂うよう。
出来るだけ尻尾は動かさないようにして、そっと体の向きを変えた。
目の前に、『羽根の塊』がこんもりとしている。
躊躇いながら、そっと鼻を押し当ててみた。
(やはり、ここからだ。)
どこか優しい、その匂いが何なのか。解らないままに、何時しか黒鋼もまた、微睡んでいた。
――――――――――――― * ―――――――――――――
不思議な国、猫の国。
結局『猫の神』は、『サクラの羽』を手にした巨大な『グリフォン』だった。
黒鋼と小狼の攻撃に、今までに無い『敵』と感じたか。
その翼を羽ばたいて頭上から攻撃しようとしたが、さらに上に居たリアンの雷撃を食らう羽目になった。
『上』を取った者が勝つ、という初歩的なセオリーだ。
地上に落とされたグリフォンは、結局倒され、皆は魔法が解けて元の姿に戻った。
さっそく感じた空腹は、とりあえず木に生っていた果物でいやして。
『羽』も無事サクラに戻された。
しかし。
「結局、この国の人は、皆『食べられちゃった』んだね。」
ファイの言葉どおり。
『人間』に戻ったのは、自分たちだけ。
他には生きる者の気配は無かった。
あの『蒼い大きな猫』達は、『使い魔』だったらしい。
「でもあれだね〜〜、『わんこコンビ』も『猫』の仲間入りしたってことだね〜〜♪」
「・・・てめぇ、刀の錆になりてぇか?!」
いつもの、他愛もないじゃれあい。
変わらない和やかな空気の中で、小狼はリアンに目を移した。
モコナと何事か話していたリアンは、視線に気付いて顔を上げ、小狼にふっと微笑みかける。
(貴女だけ『鳥』でよかったんですか?)
『仲間』に入れなかったのに。
(いいんだよ、私は。)
所詮は『魔女』だから。
鏡の虚像、時の影。
今はお互いにしか知りえない秘密の中で。
小狼は、確かに心が痛むのを感じていた。
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