「お帰りなさいませ、お嬢様。」
柔らかな声と穏やかな微笑みが出迎えてくれる。
ただいま、の意思表示は微かな微笑を唇を浮かばせる事で伝える。
「外は寒うございましたでしょう。」
手際よく執事が手を貸してくれる。
するり、とコートを脱いでも、寒さは感じない。
程よく温度調節された部屋は、まるで天国のような快適さ。
「ただいまお茶の仕度をしてまいります。」
その綺麗な金髪がすい、とお辞儀をして。
執事は部屋を静かに出て行った。
「・・・・ふぅ・・・・・。」
思わずため息が出る。
まるで夢のような、この時間。
ソファの柔らかさが、身体全体を包み込んで。
何時までも、続けばいいのに。
そう、何時までも。
なんだか静寂が気にかかって。
テーブルにあった呼び鈴をチリリン、と鳴らした。
「何か御用でございますか、お嬢様?」
柔らかな微笑みが、まるで天使のよう。
「ごめんなさい。とても静かすぎるの。」
「では、何か音楽でもおかけしましょうか?」
「・・・静かな曲を、お願い。」
「かしこまりました。」
執事は部屋の隅にある機械に向かってなにやら操作している。
程なくして、耳が微かな音を拾った。
大きすぎず、小さすぎず。
やる事為す事、洗練されていて、そして的確。
それを言ったら、まるではにかむような顔をして、小首を傾げて答えた。
「私は、『執事』ですから。」
『執事』になるには、とても大変な努力が必要だと聞いた事がある。
単調な仕事しか与えられない『ボーイ』から始まって、血の滲むような努力をして。
もっとも高みの『執事』を目指すのだと。
「お待たせいたしました。」
少し低い、静かな声がして。
ワゴンを押してフットマンが入ってくる。
背の高い、固そうな黒髪のフットマンは、執事の言葉に従ってお茶を淹れている。
「今日のお茶は『プリンス・オブ・ウェールズ』でございます。」
執事の説明に頷いて応えとする。
穏やかな香り。
口に含めば、何処かアジアンテイストな気もする。
一礼してフットマンは退がっていった。
あのフットマンも、『執事』を目指して努力しているのだろうか。
やはり『ボーイ』から始まったであろう、長い下積み時代を経て。
「お茶、おかわりをいただけるかしら?」
「かしこまりました、お嬢様。」
このひと時だけ。
私は別の存在になる。
そう。
私は不思議の国を訪れた『アリス』になる――――――――。
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