『今こちらを出ました。あと1時間もすれば到着します。』
「てめぇっ・・・・・事後承諾か!!」
『とっても「後ろ向き」なんでね、こちらではもうどうしようもありません。お任せしましたよ。』
「ここを『姥捨て山』か何かと勘違いしてねぇか?!」
『そんなつもりは毛頭ありませんよ。良かれと思ってしている事ですからね。ではヨロシク。』
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「――――――――くそったれが!!」
とっくに切れている電話に向かって毒づく。
またですか、と言わんばかりの看護士の顔に、不機嫌そのもの顔を向けて。
「で?」
「個人名とかは伏せてありますが、女性だそうです。1名のみ。内臓系です。」
「じゃあ『また』頼むしかねぇか。」
バリバリと頭を掻いて。
廊下をどかどかと歩いていく。
「おい、居るか?」
こんこん、とドアをノックして、返事を待たずに入る。
「そんな風に入ってくるのは、貴方の他には居ないとは思いますけど・・・・着替えでもしてたらどうするんです?」
「別に?俺は医者だぜ。」
「私はもう慣れましたけど、『新しい人』にはそんな事はしないで下さいね?」
柔らかな笑顔。
まるで慈愛の聖母のような。
――――――――しかし、その身に纏うのは、いわゆる『寝間着』。
「解ってんなら、話は早ぇ。『また』頼めるか?」
「いいですよ。今度はどんな方ですか?」
「昨今は『個人情報がどうたらこうたら』と喧しくてな。FAXやメールじゃあ詳しい事までは送ってこねぇんだ。」
一応女とだけ知らされた、と聞いて。
吹き出した相手を責められまい。
「・・・笑うなよ・・・・。」
それでもくすくす笑い続ける声に、何処か顔を赤くして。
「頼んだぞ!!」
と言い捨てて足早に出て行った。
「先生、相変わらずですもんねぇ〜〜・・・・。」
新しい布団一式をカートに乗せてやってきた看護士はつられたように笑って言った。
「よろしくお願いします。こういうの、頼めるの、貴女以外居ないから。」
手早く布団をセットしながら看護士は言う。
「小狼さんも大変でしょう?」
「いや〜〜僕は『仕事』ですから。」
ほい、終わり!と、ぺし!と布団を叩いて。
看護士――――――――小狼は出て行った。
新しく来る『同室の女性』は。
(どんな人だろう?)
少し期待を含んだ目で見上げるのは。
――――――――何処までも、蒼い空。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
玄関前に、車が横付けされた。
「こちらにどうぞ。」
小狼は車椅子を近づけた。
車の中から出てきたのは――――――――。
「――――――――・・・・!」
少し顔が赤くなったのは、彼の純情さゆえか。
車から降りたのは、一人の少女だった。
しかし、その顔は青白く、生気が無い。
何よりも。
『表情』が無かった。
無言で、車椅子にストン、と座る。
「・・・荷物とかはありますか?」
その声に、黙って車の中を指差す。
同行したらしい白衣の女性――――――――女医だろうか?が、小さなかばんを持って降りてきた。
「こんにちは、蘇摩先生。」
「こんにちは。――――――――小狼君、だったわよね?」
「はい。・・・あ、どうぞ。」
小狼は車椅子を押し、蘇摩と呼ばれた女医と共に中に入った。
「黒鋼先生、また唸ってたでしょう?」
「いつものことですよ。『向こう』もそれくらい承知の上でしょう。」
「本当に・・いつもごめんなさいね。『転地療養』と言ったらここ、としか考えていないんだから。」
「でもそれだけここが『良い』場所だってことですよね。」
「・・・そうとも言えるわね。」
蘇摩は、小さくため息をついた。
本当は『厄介払い』でしかないのだ。
『転地療養』なんて、ただの名目に過ぎない。
『治せない』患者は、病院の評判を悪くする。
だから。
(放り出すってことよね。)
その『受け皿』として白羽の矢が立てられているのが、ここなのだ。
ただ単に、病院の理事長である壱原侑子に、実習の時に世話になった、という事だけで。
文句を言いながらでも、それを受け入れてくれるのは、ひとえに『彼』の性格によるものだ。
『彼』の前にここの任を命ぜられた医者は言い放った。
「ここ、採算取れませんよね?お断りします。どうしても行けっていう事なら、この病院やめます。」
辞めて開業するのだという。彼には顧客とも言うべき指名の患者も多く居たから、それをごっそり引き抜かれる可能性が高かった。
それは病院の経営上、大きなマイナス要因になる。
結果その医師の異動は見送られ、代わりに『彼』――――――――黒鋼が抜擢されたのだった。
傍目には、まだ研修医の彼を病院長にするなど、異例中の異例とも見えるのだろうが。
実際は。
(『島流し』なのよね。)
これで中央での栄達の道は閉ざされたな、と皆は噂した。
そんなことにかまける事の無い彼だからこそ、ここの病院長なんていうものは務まっているのかもしれなかった。
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「いつも済みませんね、黒鋼先生。」
「解ってんなら以後改めろ。」
それは無理な相談なのだが。
蘇摩は医局の中でも、若手であり、階級的にそれほど高いわけではない。
むしろ使いっ走りにこき使われてるといったところだ。
黒鋼とは同期だから、ここへは週に1度出張してくる。
もちろんこれも貧乏くじではあるのだが。
こちらが送り込んだ、『治らない』患者が、何故かここに来ると『治って』いく。
本院に戻していいレベルまで回復したら、戻さなければならない。
『治って』退院していくのは、本院であるべきであり、それは『実績』になるのだから。
蘇摩はその見極めもしなければならない。
ある意味辛い仕事ではあるが。
黒鋼はただ純粋に『治る』ことのみを喜んでいるようだ。
彼の方から、『この患者はもう良いだろう。』と言う事もある。
いつも彼は、転院して戻っていく患者に言うのだ――――――――。
「最後の総仕上げに行くんだからな。帰ってきたら承知しねぇぞ。」
退院する時にはでっかい花束を貰えよ、とか言って送り出す。
決して『退院したら遊びに来い』なんて言わない。
葉書1枚要求する事も無い。
それでも退院時や退院後の診察の時などに、手紙などを託る事がある。
それを届けると、彼は本当に嬉しそうな、優しい目をしてその手紙などに見入るのだ――――――。
そしてそれらは決して捨てられることなく、きちんと整理されて保管されているのを知っている。
何時だったか、ここで治って、最終的に退院した子が交通事故で死んだ時、彼が通夜に駆けつけたことがあった。
その時、長く病気で苦しんだこの子に幸せはあったのか、と嘆き哀しむ両親に一通の手紙を差し出した。
それはまだそれほど上手とは言えない字で、たどたどしく書かれたそれは、入院中の感謝が綴られていた。
『先生が教えてくれた雲の名前は、絶対に忘れません。』
それを読んで、両親は新たな涙に暮れた。
「もしお望みなら、これは差し上げます。」
その申し出に、両親で意見が分かれた。
母は、子の書いた手紙を手元に置きたいと願い。
父は、『これは先生にあの子が出した手紙だから先生に持っていただくのが一番いい。』と言い。
結果、その場でコピーを取って、原本を両親に渡した。
「『心』は、確かに受け取りました。」
そう言って。
やがて家を辞した黒鋼は、今にも降りだしそうな空を仰いで嘆息した。
「・・・やるせねぇよなぁ・・・・。」
結局『救えなかった』命。
ポケットの中の手紙のコピーは、今なお彼のファイルにストックされている。
あの夜降った、冷たく悲しい雨の思い出と共に。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「一応普段は俺が診る。週に1度、先ほどの蘇摩先生が来るからその時に検査なども含めて診察する。」
車椅子を押しながら、黒鋼は少女に言った。
蘇摩は携帯で呼び出され、慌てて帰っていった。
小狼は少女の荷物を持ち、後に続く。
「看護士は3名。この小狼、もう一人男性で四月一日ってのがいる。あと一人は女性で鬼咒という。」
病室に着き、こんこん、とノックをする。
「はい。」
答えを今度は確認してドアを開けた。
中にいたのは、少し長い髪をして優しく微笑む人。
「新入りだ。仲良くしてやってくれ。」
「はい。・・よろしくね。えっと・・・・?」
「・・・さくら・・・・です・・・・・。」
「さくらさん?可愛い名前ね。私は宙。もうここの主みたいなものよ〜♪」
それがどれほどの意味を持つのかは、まだこのさくらには判るまい。
「じゃあ部屋の事とかは教えてやってくれ。」
「わかりました。」
黒鋼はさっさと出ていく。小狼はベッドのそばの椅子に荷物を置いた。
「じゃあよろしくお願いします。」
ぺこり、と頭を下げて。
部屋を出てドアを閉めて。
壁の名札入れに、つい、と1枚紙を滑らせた。
「『木之本 さくら』、か・・・・可愛い名前だなあ・・・・。」
自分の独り言にはっとして、真っ赤になって。
小狼は慌てて詰め所に向かって足早に歩き始めた。

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