この周辺の土地の視察をせよ。
「こなた達もいずれはこの日本国のことに精通してもらわねば困る。」
ぱちり、と扇を閉じて天照は鷹揚に言った。
「今申した辺りはこの日本国にとって大事な水源の1つ。よう見ておいて損はない。」
「御意。」
「まあ交代で行く必要もあるまい。2人まとめて行って疾く戻れ。」
光を弾く金糸が揺れ、射干玉のごとき髪が闇を呼ぶ。
まさに好一対とも言うべき2人の近習は、光り輝く転送陣と共に白鷺城からその姿を消した。
時は1月。
2人の近習にとって初めて過ごす日本国の冬だった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
一面の、雪原。
「広いねぇ。」
「そうだな。」
今は雪は止んでいるが、降り積もった結果が目の前に広がっている。
存外に広いその雪原に降り積もった雪は、春になれば雪解け水として谷を流れ下る。
そして田畑を潤し、人々の暮らしを支えるのだ。
獣のものらしき足跡が点在する以外は、生ける物の気配すらない。
ファイは、そっと雪を両手ですくった。
「命の雪、ってところだねぇ。」
「自然の営みとは人智を超えたものだ、ということだな。」
「ご高説感謝〜〜。」
パンパン!と拍手を打つあたり、どうやら楽しんでいるらしい。
あそこに足跡がある、鹿かなあ?などと1人で騒いでいる。
「ファイ。」
「ん?なあに?」
「この辺り、何も足跡とかは無いか?」
指し示されたところは何の足跡も無い、新雪まっさらフカフカといったところだ。
しかし、その質問の意図が見えない。
「うん、何も無い、けど?」
「そうか。」
何故そんなことを?と聞く前に。
リアンはくるりと後ろを向き、そのままの体勢でばたん!と倒れた。
雪に少し埋まりこむ形で。
「?!ど?どうしたの?!」
慌てて駆け寄る。しかし何処にも異常さは感じられない。
「ちょっと思い出しただけだ。」
「何を?」
「何も無いまっさらな雪の上に、自分の『型』をつけて遊んだそうだ。」
誰が?
聞かずとも解っている。
そんな『子供のような』遊びを教えるとしたら、それは。
(『彼』だね。)
時の流れの中で出会い、今なおその心に負い目となって残る『楔』。
ただ1人、全てを伝えようとした『弟子』。
不世出の魔術師――――――クロウ=リード。
この雪原は、想い出を掘り起こしたのだろうか。
「で?感想としては、どう?」
何も気づかぬ態で問う。
いやきっと気づいているだろうが、お互いにそこには触れない。
「意外と暖かいな。雪はもっと冷たいのかと思っていた。」
「『かまくら』なんかはとても暖かいっていう話だしねえ。」
それ以上の返事は無く、ただ目を閉じてじっとしている。
――――――――――想い出に、その身を委ねているかのように。
「よし!オレも人型いっぱいつけちゃおう!」
かけるべき言葉が見つからなくて。
自分のとるべき態度がわからなくて。
おどけてその場を離れるしか、今のファイにはできなかった。
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「・・・・つーか、何やってんだ、お前ら。」
呆れ返った声は、響くことなく雪に吸い込まれる。
「雪に自分の型をつけてるんだー。黒様もやらないー?」
「やらねぇよ!」
怒鳴り返せば。
あははーと声が返り、魔術師は飽きずに雪の上にダイブしている。
よくよく見れば、色々なポーズをつけているようだ。
「何をガキくさい事やってやがる。」
「えー?だって面白いよー?」
えいっと今度は万歳ポーズで倒れこむ。
「オレ・・・こんな風に遊んだこと、無かったから。」
黒き疾風はその眉をふっと顰めた。
ファイが王位継承者として在ったかの国は、闇の魔王に支配された国。
こんな『子供のような』遊びには縁遠かっただろう。
そして。
子供時代を修行に費やし、果ては幽閉されていたこの人は――――――――――。
「・・・冷えるぞ。服も濡れる。」
見返したその目は、どこかぼんやりとしている。
それが――――――――――とても哀しくて。
眉間のしわを深くしたまま、強引に雪の上から引っ張り上げた。
想い出に、過去に。
囚われた時、いつもこうだ。
そしてそれを忘れさせることもできない自分がここにいる。
「無理だよ。記憶に刻まれた過去の楔を引き抜くことなんて、誰にも、ね。」
同じ魔術師であっても、『救えない』のだと。
「でも、そのまま闇に向かうのを止める事ができるのは黒様、君しか居ないんだからね。」
外套に包まれた温かさ故か。
それとも『護る』と決めてくれた者に護られるが故に心安らいだのか。
腕の中でいつしか眠ってしまった想い人の、その髪に。
白い雪が一片、静かに舞い降りて、消えた。
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