そう、それは冴えわたる月の如く。
俺たちに、『迷い』は無い。
『為すべき事』がわかっているから。
『在るべき場所』が確定しているから。
己がどう振舞い、どう進むのか。
それを俺たちは知っている。
これは実に大きな事だ――――――ここは『未知なる国』なのだから。
しかし、この国に関する『情報量』が『絶対的に』少ない。
この国が『何故』戦うのか。
月の城は『何故』決まった時間のみ招くのか。
この王は『何故』このような存在なのか――――――――。
この国の事に関しては、暮らしていくうちに解ってくるだろう。
『戦い』とやらにも、赴けば自ずと知れる事。
聞けば天空に浮かぶ『月の城』とやらに、『招かれて』戦うのだという。
相手は何処の国だ?と問えば。
『阿修羅族の国だ。』という答が帰ってきた。
背後の気配が少し硬くなったのが解る。
阿修羅。
日本国においては、『戦いの神』。
やがて仏に調伏されたこの神は、猛き戦神であった。
それと同じ名を、沙羅の国で聞いた。
陣社とは敵対関係にあるという遊花区に祀られているという。
その名を聞いた時。
そして今、相手の国の名を聞いた時。
こいつは顔色を変えた。
おそらくは瞬時に取り繕っただろうが、俺には見えていた。
それについては、何も語らない。
切り込んでみたが、はぐらかされた。
言いたくないのなら、別に構わないが。
――――――――おそらくは、『帰りたくない理由』。
『阿修羅』という名前の存在が関与しているのだという予想はつく。
それが如何なる者なのかは知らない。
だが、『逃げ続けなければならない』『追いつかれる』という強迫観念を持つということは。
『阿修羅』なる者は、強大な力を持っているのだろう。
巻き込まれるのはゴメンだが。
もし強い相手と手合わせできるというならば。
――――――――それはそれで、美味しい話であるかもしれない。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「おい、ネコ。」
俺の呼びかけに、そいつは顔を上げた。
言葉が通じない――――――――意思の疎通が出来ない。
困ったらしいヘライのは、とうとう絵を描き始めた。
どこかで見たことのある犬と猫の絵を。
「いい加減にしやがれ!!」
怒ってみせたものの、確かに意思の疎通を図る上では有効な手段だった。
仕方なく、そいつが描き散らした絵を手にとって、今はこれ、と指し示すことにした。
通じる所が怖い所だ。
元来、どんな言語体系の違いがあるにせよ。
『固有名詞』というものは同一の発音で表現される。
もちろん、それぞれの言葉での表現もあるだろう。
だが、特に『名前』は変わらない。
しかし、俺も、そしてこいつも、互いに『名前』で呼び合ったことはなかった。
今更、という気がする。
こいつはまだいい――――――――『口がきけない』という事になっているから。
だが俺は。
考えて。
別に何もしていないような猫の絵を示し、指差して『ネコ』と発音した。
次いで、ヘライのを指差し、同様に『ネコ』と発音する。
しばらくきょとんとしていたが。
どうやら理解したのだろう――――――――たちまちブンむくれの顔になった。
「文句言ってんじゃねぇ。」
俺がいなしたのも、解っているだろう。
ふくれっ面は治っていない。
「失礼する。」
声がかかって。
扉を開けたのは、少し上の役職にあるらしい男だった。
といっても、小隊長レベルといった所だが。
「鎧合わせだ。来れるか?」
「あぁ。必要だろうからな。」
腰を上げて。
ヘライのにも『来い』と合図する。
案内された所では、賑やかに鎧合わせをしている所だった。
「これはどういう仕組みになっている?」
元々素肌に鎧をつけていた。
そのつもりでいたのだが。
「ここにこう、掛け金がある・・・・服を着ていないと肉に食い込むぞ。」
「ふん・・・・。」
刀を振るうのに、服は結構邪魔になるのだが。
ここの服は日本国の着物に似ている。
したがって袖が結構大きい。
「・・・袖の方を切るか・・・・。」
「なじみがあるのなら、そうした方が良かろうな。」
衣装方らしき老人はそう言った。
ざわり。
微かなざわめきが広がった。
何か、と見れば。
ヘライのが鎧を合わせている。
元々が細身だから、かなり小さい物に合わせたようだ。
次いで着物の採寸のために。
肩脱ぎになった――――――――。
(・・まあ、驚くだろうな。)
『見た目』と『実際』の乖離が激しい。
ひょろり、としていて、なよなよしているように見える。
もちろん脱げば、生っちろい痩躯が現れる。
だが。
予想だにしない事には、その『身』は、ほとんどが『筋肉』だ。
無駄な肉がない。
鍛え上げているようには見えない―――――――盛り上がりこそはしていないが。
触れれば、その固さに驚くだろう。
何かの時に腕を掴んだ事があって、俺も驚いた覚えがある。
最初こそ、まるで役者のような、と胡散臭く思っていたが。
実は戦い慣れている事を知ってからはそういう目で見るようになった。
こいつは。
――――――――戦士、だ。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「軽い食事を取った後、出陣となる。定刻までには中庭に集合の事。」
先ほどの小隊長の言葉に頷いた。
ヘライのには、食事をしている絵と、戦っている絵を示す。
奴も、頷いた。
(さあ、いよいよだな。)
どんな『敵』なのか。
どれほどの力量なのか。
そして。
『阿修羅王』とは、如何なる者なのか。
空にゆっくりと、『月』が昇り始めた。
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