気がつけば。
俺や『あいつ』の周りからは、敵兵の姿が消えていた。
ある意味、それは賢明な判断だといっていいだろう。
いくら戦場とはいえ、負けると解っている相手の前にのこのこ行く奴は、ただのバカだ。
ブン、と蒼氷を一振りして、血糊を払う。
月光の下、その冴え渡らんばかりの煌きが辺りを睥睨する。
「・・・・・面白くねぇな。」
耳が、音を拾った。
遠く、角笛の音がする。
見れば、月は早や中天にかかろうとしていた。
(『時間』が来た、ということか。)
取り残されるのはごめんだ。
そう思って騎竜の首を返せば、やはり同じように取って返してくる『あいつ』に出会う。
その口元に、どこか満足そうな、それでいて不満そうな笑みを浮かべて。
『こいつ』も、煮え切らない戦い方に苛立っているのだろうか。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
あっという間に移動して。
気がつけば城の中庭にいた。
実際、どれほどの時間、あの城に居たのだろうか?
もちろん月の動きからそれを推し量ることは十分に可能なのだが。
しかし戦場に立っているのと平和な世界に居るのとでは、『時間』の進む感覚自体が違う。
何だかふつふつと。
未消化の澱が溜まっていくような。
はっきり言って、気分は良くない。
戦いの後に得られる『爽快感』とでも言うようなものが、此処には無い。
不満顔が2つ、部屋に戻る。
「おい、風呂に行くぞ。」
ヘライのを捉まえて言った。合わせて手振りで示す。
俺が着替えを持ったのを見て、理解したらしい。
同じように着替えを引っ張り出して、俺の後に続いた。
兵たちは皆、大浴場のような所で入浴する。
日本国にある風呂屋に似ており、中には岩で作られた大きな浴槽がある。
温泉なのか、それとも沸かしているのか、定かではないが。
だが湯量は豊富なようだ。
それこそ遠慮なしにふんだんに使うことが出来た。
汗と、返り血とで、結構汚れている。
ざぶざぶと洗って。
湯に身体を沈めれば、想像以上に疲れていたのだと実感できた。
ほう、とため息をつく。
ヘライのも頭に手ぬぐいを乗せ、ポカリ、と湯に浸かっていた。
ちらちらと投げられる視線は、大体がヘライのに向いている。
まあそうだろう。
男にしては、なまっちろい痩躯。
下手すれば『女よりも美しい』、などと思う輩もいるだろう。
だが。
その内に秘めた『強さ』は、戦慄すべきものがあるのだと。
一体どれほどの者が見抜けるというのか。
旅の空の下で。
へらへらした笑いにどれほどごまかそうとしても。
――――――――俺は、ごまかされない。
「黒鋼、そこにいるか?」
将軍らしき男が鎧を纏ったまま風呂場に入ってきた。
「ここだ。」
声はかけたが、湯船から上がりはしない。
それは、不遜だと思われているだろうか。
実際、そのような囁きが耳に入る。
そんな事。
今の俺には――――――――どうでもいい事なのだが。
「何の用だ?」
「王がお召しだ。」
「夜叉王が?」
「あぁ。さっさと伺候しろ。」
「・・・・わかった。」
気に食わないが。
俺が仕えるのはただ一人――――――――知世姫、だけ。
夜叉王に仕える気は毛頭ない。
だが、今此処に、傭兵として在る以上。
夜叉王の命令は聞かねばならないだろう。
本当はもっとゆっくり湯船に浸かって疲れを取りたかったが、そうもいくまい。
ヘライのに上がるぞ、と合図する。
合点したのか、ヘライのも立ち上がった。
さっさと身体を拭い、服を纏う。
汚れた服は、指定の袋に入れて部屋の扉に吊るしておけば、下働きの者が洗濯をしてくれるという。
汚れ物を持ったまま伺候するわけにもいかないから、一旦部屋に戻り、改めて仕度をした。
蒼氷を手に部屋を出れば、ヘライのが汚れ物を扉に吊るしていた。
一応俺の身振りを理解したようだ。
そのまま王のところに向かう。
王は、俺たちとは全く違う建物に住んでいる。
同じ王宮内といっても、そこはなんだかとても暗い。
まるで。
そこに『生ける者』が居ないかのように。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「来たか。」
穏やかな声が、かえって痛々しいと思えるのは何故なのか。
昼間の謁見用の部屋ではなく、私室らしい所で、ふんわりした敷き物の上に王は座していた。
「疲れているだろうに済まぬな。」
「王が傭兵に遠慮する必要は無ぇ。」
「そうか。」
微かに笑う。
しかし――――――――その、笑みは。
「今日の働きは見事だった。」
「褒めて貰う必要もねぇ。あんなくらい大したことじゃねぇからな。」
「大した自信なのだな。」
笑いながら、王は傍の卓を指した。
「今日の褒美だ。」
正確に言うと『報奨金』といった所か。
元々傭兵として雇われたのだ。戦った、その対価を貰う権利はある。
だが。
「好きなものを選ぶがいい。」
その選択肢は――――――――。
この国の貨幣らしいものが比較的大きな袋に1袋。
ほぼ1掬いほどの砂金らしきもの。
ガラス玉のような、宝石らしき石が数個。
高価そうな瓶に入った酒らしきものが数本。
女が好みそうな光沢のある織物が3反。
そして卓の傍に立つ、そこそこ美しい女が2人。
ヘライのと顔を見合わせた。
俺としては、酒、と言いたかったが、それは金さえ出せば手に入る。
とりあえず今は、女には用が無い。
着替えなども最低限は支給されているから、織物も不要だ。
あとは貨幣か、砂金か、宝石か。
手にとって見ると、日本国の砂金よりも煌きが白いように思える。
(後になってから知ったのだが、金よりは白金に近かったようだ。)
宝石はよくわからないが、この国では価値があるものなのだろう。
俺は王に尋ねた。
「これはこれからも同じもので支給されるのか?」
「いや。望めばいつでも変更できる。」
「そうか。」
ならば、と俺はヘライのに顎でしゃくってみせた。
お前が選べ、と。
ヘライのは俺の顔をまじまじと見、ついで俺が指す卓を見た。
傍に近寄り、貨幣を手に取ったり、砂金に触れてみたり、宝石を灯りに透かしたりしている。
織物や酒や女には見向きもしない。
こいつは。
賢しい。
俺の意図する所を的確に把握してくる。
その点においては、十分に賞賛してやってもいい。
もちろんそうでなければ、俺は何十倍もの苦労を背負い込むことになっただろうが。
やがて、振り返って砂金を指差した。
「これを貰う。」
「わかった。」
王は影にいた従僕に命じて砂金を袋に入れさせた。
「受け取るが良い。」
「遠慮なく貰っておくぜ。」
王が手ずから渡してくれた袋を手にした時。
ぞくり、とした。
なんだ?この感覚は。
王は。
これほど『確かに』此処に存在しているのに。
頭の中で鳴り響く警鐘は、その『存在』に警告を発している。
摩訶不思議な、存在。
危険な、存在。
それは――――――――『人間』ならざるものの気配を垣間見せて。
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