時は満ちた。
運命の少年と砂漠の姫は戦場に現れ、事態は大きく音を立てて流れ始めた。
太陽はひとときの安らぎを優しく与える。
鍵となりし桜の一枝に。
月は終末への誘いを清冽な光に乗せて降らせる。
『願ってしまった』哀しき魂たちに。
星は絶対の護りを含んで静かに包み込む。
漆黒の裏にある紅玉と藍玉の光と共に。
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戦場にあっては、決して『知っている』と語ってはならない。
あくまでも敵陣営の存在として認識していると、周りに知らしめておかねばならない。
「ちと面倒だが。」
黒鋼は呟いた。元々駆け引きなどというものが苦手でもある。
その点戦いというものは生きるか死ぬかの二つに一つ。
真に簡単かつ明瞭な理屈の上に存在しているが故に、黒鋼自身が安住できたとも言えるだろう。
『安住なんてずいぶんな感じだけどね。』
誰が聞いているか解らない。壁に耳あり障子に目あり。
完全に夜魔ノ国の言語を理解したファイは、話そうと思えば黒鋼と会話が可能だった。
しかし『口がきけない』という設定にした以上、皆に解る言語で話す事は出来ない。
なのでできるだけ明瞭な形で口を動かす。
『読唇術』は黒鋼にとっては簡単な事だ。伊達に忍びはやってはいない。
おかげで意思の疎通にはほとんど支障がないようになっていた。
「問題は王だな。どうやって『羽』を取り戻す?」
それが一番の重要事項。
『出来るだけ皆に納得のいく形で王に「消えて」貰わないとね。』
眉間に皺が寄る。死の宣告をどう伝えるかという、あまり歓迎したくない話だ。
『戦いに負ける―――――――それが一番妥当な線だろうけど。』
「敗北した夜魔ノ国がどうなるのか、そのあたりも考えねぇといけねぇんだがな。」
おや、とファイは思った。黒鋼が後先を考えるとは?
『黒りん、やっさしー。』
「吐かせ。」
拳を握ってみせる仕草に、かすかな照れを感じた。存外に黒鋼は純なようだ――――――。
(意外な発見だねぇ。これもこの国で一緒にいた副産物?)
その強面な外見から到底考えられない。おそらくは日本国でもそうだったのではないか。
彼の本質。
それを知るのは、本当に一握りの存在だけであったのだろう。
そしてそれ故に、彼は道を誤る事になったのだ、と。
(教え諭す存在に恵まれないというのは、その人にとって不幸な事。)
何もかも自分の力で切り開いていかなければならない。当然その思考には偏りがでる。
それを正し、真っ直ぐな道に誘ってくれる存在――――――――――。
自分たちは、きっと道を誤った。
せめて、あの二人には真っ直ぐな道を進んで欲しい。
そう、運命の時が訪れる、その瞬間までは。
出来れば、その瞬間を越えてなお、真っ直ぐに。
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食事を済ませ、部屋で待機する。出陣の刻はもうすぐだ。
『小狼君、来るかな?』
「来る。必ず。」
瞳の色の違う、異世界の魂を同じくする別人かもしれない、『旅の仲間』の二人を確認するために。
『来てもらわなきゃ、困るよね。』
全てはそこから始まる。
『ところで、小狼君とは戦うつもり?』
「当然だろ。」
相手は『兵』として参加してくるはずだ。戦う立場の者が戦わないでどうするのか。
「いい機会だ。」
その口元がにやりと歪んだのを見て、ファイは(また解りやすいものだ)と目元をほころばせた。
『何をするつもり?』
「小僧がどれだけ強くなったか、それを量るのにいい機会だ。」
戦いの場で、真剣に立ち会ったその時こそ、真の力は発揮される。
少なくとも黒鋼はそう信じていたし、実際今までもそうだった。
ふと、思う。
(こいつの力の程は一体どれほどなのか?)
ファイと真剣に敵味方に分かれて戦った事はない。それはつまり、その実力が推し量れないという事だ。
桜都国で一緒に戦った事はあったが、あの時はファイの得物が非力すぎた。
高麗国で共同戦線を張った時には、その実力は垣間見えたが、全貌を見るには到っていない。
そしてここ夜魔ノ国では、確かに戦い慣れしていると知れたし、実力もかなりのレベルであると見ている。
だが、そこまでだ。
できれば敵味方に分かれることなく、その実力が知りたいと思う。
先の見えない旅の空、同行する『仲間』の力量は見極めておきたい。
それによって自分の在るべき立ち位置や役割などが変わってくるから――――――――。
(・・・・・は。無駄な事だ。)
『見せない』物を無理に見ようとすれば軋轢が生じる。
今それをするのは愚の骨頂であると判断した。
いつか、必ず。
いつか、きっと。
『それ』は必ず姿を現す。
見えてくる。
そのときに修正が必要なら変えればいい。
(どの道やることは同じ・・・・姫と小僧を護る事。)
サクラはもとより、小狼が自分よりも非力である以上、自分が護るのは当然のことだ。
「!」
思考を遮るように、遠く鉦の音が響いてきた。出陣の合図だ。
『行こうか。小狼君に見参!なんてね。』
くっと笑って見せたファイに、にやりと笑い返す。
「おぅ。今迄で一番『楽しい』出陣になりそうだな。」
黒鋼は蒼氷を、ファイは弓を。
それぞれに手にして、部屋の扉を開けた。
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