出陣まではまだ少し時間がある。
ごそごそしているのに何事だ?と部屋を覗かれれば。
「掃除だ。見て解んねぇのか。」
箒片手に眉間に皺を寄せてみせる。奥の方でファイが、手早くネズミの絵を描いて示した。
「あぁ、なるほど。ご苦労さん。」
それで誰もが納得する。このネズミ(のような生き物)は、色々な物を齧ってしまうのでずいぶんと嫌がられていた。
ただ清潔にさえしておけば被害はないので、掃除をしているのは実に有効な手段であり、当たり前の対処法なのだ。
だが、今は掃除はもとより、荷物の整理も含んでいた。
元々二人の部屋は中央にリビングスペースとも言うべき共有空間を持つ。
そして両脇にある小部屋がそれぞれの寝所になっていた。
まず寝所をそれぞれに掃除し、誰も使っていない状態に戻す。
シーツなどの寝具は畳んで横の棚に入れておく。この部屋にきた時と同じ状態だ。
それが済むと、自分たちの荷物を全部中央に集めた。といっても大した荷物があるわけでもない。
少々の着替えと、夕べ飲んだ酒の瓶くらいだ。
着替えは風呂敷包みのようにしてまとめ、酒の瓶は一箇所に固めて置いた。
「・・・これはどうする。」
自分たちが元々着ていた服だ。懐かしいし、手放したくはない。
だが戦場にそれを持っていく余裕はないし、何よりも怪しまれる。
床をモップで拭きながら、ファイは大きくバツ印を作ってみせた。
「・・・・そうだな。どこかで思い切らねぇとな。」
日本国と自分をつなぐ縁を自ら断ち切るような気がして心がかすかに痛む。
だが服ならば傷む事もあるし、替えも効く。懐かしさだけに囚われて、大局を見失う事があってはならない。
それぞれにまた風呂敷包みにして置いた。
もちろん合間合間に掃除をしているから、その一環と皆には思ってもらえる。
「これはお前が持ってろ。」
報奨金として得た砂金をファイに手渡した。
『終わる』という事は、すなわち小狼やサクラと合流し、次の国へ移動するという事。
ここは次の国での資金源を確保しておく事も重要だろう。
砂金の形で得ておいたのはよかったと思う。おそらくは何処の国へ行っても幾ばくかの価値があるだろう。
どうしてもだめなら、手数料をふんだくられる事を承知で次元の魔女に換金を頼んでもいい。
しかし、だからといっておおっぴらに戦場に持ち込むわけにもいかない。
気がついたら味方にやられて横取りされていましたなんて事は、戦場では良くあることだ。
刀を遣うという事は接近戦であるという事。
何かの弾みで斬られて落ちて紛失、なんてことにもなりかねない。
納得した顔でファイは砂金の袋を受け取り、さらに別の皮袋に入れた。
そのまま鎧の内側になるように、身体に結わえ付ける。
「さあ・・・行こうか。」
身支度を整えて合図を待った。
――――――――『夢が終わる』、その時を。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
小狼の気配が変わったのにファイも気づいた。
(まさか、もう『時』が?!)
だがそれは僅かな時間で立ち消えた。そっとため息を零す。
(よかった・・・・まだ『時』じゃない。)
高い魔力ゆえに、見たくなくても見えてしまう未来。
かつて教えられたが故に、仲間の中で唯一知る旅の真実。
それがいつしかファイの心を苛み始めている。
知らなければよかったと。
夜の闇に叫びたい衝動に駆られる。
ファイには見えていた―――――――阿修羅王の『ネガイ』が。
夜叉王を生き返らせたい。
自分もまた、願ってしまった。
そのために、道を外れる事を承知で契約した。
理を突き崩し、破壊することの罪深さ。
それを是として受け入れる己の魂は何と汚れてしまっている事だろう。
目の前を走り抜ける黒き疾風の魂は、その点においては何と純粋であることか。
もちろん多くの命を殺めてきた罪はぬぐえまい。
だが、世界の根幹を揺るがすような事をしようとは思ってはいないだろう。
それでも。
(オレはもう・・・・引き返せない。)
一度染めた手は、もう戻らない。
ふ、と風が頬を撫でる。
(あぁ・・・・決めたんだね。)
奔る、阿修羅王。
その手には、愛剣。
そして一気に夜叉王の身体を貫いた。
ピイィン!と。
空気を震わせて羽の波動が一瞬大きさを増し、すぐに小さくなっていった。
ゆっくりと夜叉王が阿修羅王を抱きしめる。
阿修羅王が夜叉王の頬を静かに撫でた。
人種、種族を超えた、これも『愛』と呼ぶものなのだろうか。
ただ呆然と見つめる両軍の兵たち。
やがて小狼が呼ばれ、羽を手渡されたのが見えた。
あとは小狼と共に修羅の国へ行けばいい。
「月の城は阿修羅が制した!今こそ我がネガイを!」
(叶わない、ネガイ。)
解っていても、願わずにはおれないネガイ。
『死せる者を蘇らせる』
もし――――――――――もし。
今この願いが叶ったならば――――――――もしかして、自分の願いも叶うのだろうか?
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月の城は轟音と共に崩れ始めた。
「我が願いは、叶えるには大きすぎたのか。」
阿修羅王にも、解っていたのだろう。それでも願わずにはおれなかった。
人智を超えたチカラに願う事しか、もう道は無かった。
(そのために、多くの命が消え、血が流れた事。)
贄とするにはあまりにも大きな犠牲だった。
ぞく、とする。
もし、いつの日か、自分が。
(ファイを・・・・生き返らせることが出来るなら。)
やはり同じように多くの血と命を犠牲にしなければならないのだろうか。
でも、それによって、『確実に』甦るのであれば、きっと。
(オレは・・・・きっとためらわない。)
その罪深さゆえに自分は地獄の底に突き落とされてもいい。
愛しき者が、大切な存在が帰ってきてくれるのであれば。
(きっと君も願うだろうね。)
『手駒にし損ねた』といった諏倭の少年の事を、ファイなりに調べた。
彼が大切に思いながらも失った者の存在も知った。
あの男がもし、申し出たならば。
(きっと・・・・選ぶだろう。)
母を、父を、甦らせる事を。
罪の奈落に落ちる事を。
そう。
『皆』が、願ったのだ。
決して叶わない『夢』を。
今、『それは叶わない』という現実を改めて突きつけられた気がする。
それでもファイは前に進むしかないと考えていた。
もう後戻りは出来ない。
旅の仲間全てを敵に回してでも、この旅を成就させて、願いを叶えるのだと。
(この国は。)
それを再確認させてくれた国なのだ――――――――――。
ふと視線を感じた。
(あ。)
紅玉の瞳がじっと見据えている。
(目の色・・・・戻ってる。)
月の城からも、夜叉の国からも離れたという事だ。あとはもう、いつもどおりに振舞えばいい。
頭がぐるぐるしている小狼を見下ろしながら、キリキリと胸が痛むのがわかる。
(駆け抜けるしかない。)
旅の終わり、ネガイが成就するその時に向かって。
(それまでは。)
「やっぱり小狼君もサクラちゃんも、オレたちが護ってあげなきゃダメだねえ〜。」
「ふん、いつまでもしょうがねえこった。」
護ろう。
その目的が大きく違っていこそすれ、意味は同じ。
それぞれの思惑を秘めて、光はようやく次の夢に向かって動き始めていた。
< 完 >
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